形見

父が遺してくれたものってなんだろう?

 

あ、そうか。わたしだ。

 

というrealizationを得たのは、遠く離れた異国の地でだった。

 

1つの文化圏で形成された自我を破壊し、国や言語をまたいだ複数の文化を融合していくことで、化学反応が起き、浄化され、自らが新しい文化の源(culture)となる。その過程における大きなステップとして、ベルリンにやってきた。

生きたい生き方、過ごしたい時間の過ごし方に近づいていっている。

自分のsourceに近づいていっている。

ここまで辿り着けて、今、死んでも悔いはないなと思った。

気負うことはなく。

大げさな話ではなく。

死に対する恐れが抹消されたわけでもなく。

ただ、何気なく、通りのアイスクリーム屋さんに立ち寄るような気さくさで、

今、死んでも悔いはないと思った。

 

母や他の人のことを考えたらまだまだ死ねないけどね!

ピーマンの切り方を褒められた

先週まで行っていたヴィパサナ。瞑想コースが終了した後、お昼過ぎまでセンターに残りお掃除やお料理のお手伝いをしてきました。全く違う文化圏で1つ1つ勝手が分からない上に、何しろドイツ語が話せないので、私ができる仕事は非常に限られています。日本でどんな立場にいても、有能であったとしても、英語が話せる者同士ならば問題なく持っている力を発揮できるとしても、それ以外の場所に行ったら知的作業はどうにもなりません。できることはひたすら手足を動かすこと!

というわけで、サラダ用にKohlrabiという得体の知れない野菜とピーマンを切る役目を仰せつかりました。Kohlrabiはカブと大根とビーツの間のようなもので生でも食べられます。

Kohlrabi

 

ランチが始まると「ナホの切ったピーマンはすごく薄くスライスされてて美味しかった。上手ね!どうやって切ってたのか見ておけば良かった。」と褒められました。

言葉がわからなくても気持ちは通じ合える!というのは、ある側面では真理です。私も色々な場所を旅して実感しています。でも、「暮らし」「働く」場において言語ができないのは致命的で、一気に「あまり役に立たない人」に陥ります。そんな「陥る」経験を年を重ねてもたまにすることは非常に重要なんだと思います。己が本当は何を纏った人間なのかわかる。そして言葉がわからず役立たずな中でも何が自分にできるか探し、一生懸命それを果たそうとします。必死に言葉も覚えようとする。

ピーマン上手に切れてよかったな。

 

 

 

虫の観察

アリやハチを見ていると一見、効率が悪い。何十、何百という花をブンブン飛び回って1つ1つ蜜があるかないか確かめているハチ。体が小さいし、花も小さいから一度に吸える蜜の量はたかが知れている。アリは自分の何十倍の大きさの虫の死骸を仲間のアリと数匹で引っぱって運ぶ。リアカーでもあれば便利なのに、アリには道具がない。発明されてもいない様子。しかし、これはアリやハチの成し遂げたいことに焦点を当てた時の効率の話。もしハチが、ブンブン花から花へと飛び回らなければ、花の受粉は進まないだろう。アリやハチの非効率性は大きな視点で見たら、たいそうよくできた効率性なのだ。自分たちの目的達成のためだけの効率の良さは、逆により大局的な成り立ちにおける効率を妨げうるんだと思った。

猫と瞑想

飽きずにまたヴィパサナに行ってきましたin Deutschland.

インド、日本に続きドイツ。ベルリンから南東に車で下るとおよそ4時間でHofという町に着きます。ベルリンの壁が顕在だった当時、ここにも壁が築かれており、同じ日に崩されたそうです。タクシードライバーのおじさんが教えてくれました。1989年11月9日、彼は今と同じようにHofにいたそうです。壁が壊された後、毎週末になると旧東側の人が西側に物見遊山にやってきて、人で溢れ返ったそうです。Hofからさらに車で30分奥地に移動したTriebelという場所にヴィパサナ瞑想センターはあります。

センターは高級ユースホステルのように快適でビックリしました。日本より綺麗だし設備は整ってるし。キッチンはレストランの厨房さながら。使われている食器や調理用具は派手ではないけれど質のいいものばかり。修道院という仕組みが何十世紀に渡り培われてきた土地ならではの、修行所が提供する慎ましやかなる瀟酒さが伺えました。アジアのThe 修行!という雰囲気とは違う。

今回は数年間継続的にヴィパサナ瞑想をしている経験者のみが受けられる「サティパッタナ」と言われるコースで、1日10時間座るのは7日間のみ、8日目に沈黙が終りました。前後合わせて計10日間。通常の10日間コースより2日短いです。なのであっという間。瞑想が深まるのは6日目辺りからなので、ちょっと短いかなーと思いながら6日目を過ごしたのですが、終ってみたら8日間で期待通りの手応えを得て、かなり先まで歩むことができました。(正確に言うと、0日目と9日目も数時間座ります。)

私が学んだ限りで話すと、ヴィパサナ瞑想とは、「すべては刻一刻と変化する」という自然の摂理を、自らの身体の細胞レベルの変化を感じ取れるようになるまで肉体の感覚を研ぎすましていく方法です。この方法を通してシッダールタは涅槃に入り仏陀となったと伝えられているそうです。人間の苦しみは、この世のものが変わらず残り続けるという幻想から始まると仏教では説いています。この幻想が、「これが欲しい」という欲望、あるいは「これは嫌だ」という排除の欲望を生みます。いずれ消えてなくなってしまうものと分かっていれば、これが欲しいあれが要らないという欲望に苛まれずに済むけれど、つい私たちはいつまでも続くものと誤認しているから欲望が沸き続ける。

この感情的欲求の発露と身体感覚は同時に起こっていると言います。お腹が空いた時。苦手な人が来た時。美しい景色を見た時。病気で苦しんでいる時。いつでも身体は何らかの感覚を醸成しています。仏陀は、欲望が満たされず募るほどに身体感覚の癖が体に刻まれて残っていき、それが諸々の現象に対する人間の反応(怒る、悲しむ、喜ぶなど)を引き出すという風に解いています。

現象→意識による認識→身体感覚→感情的反応(思考や行動も含む)

こんな感じかな。ちゃんとした仏教用語を参照していないのであしからず。あくまで私個人の理解です。

現象が起こることは変えられません。生きている限り意識があるのも変えられません。これは人間の性質です。なので、仏陀は身体感覚を捉えることで、次の段階の反応(サンカーラと呼ばれる)を摩滅することを考え、その手段として瞑想を開発していったと。

ヴィパサナ瞑想をしていると着実に身体感覚が研ぎすまされていきます。通常の意識レベルでは感じられない体内の細かい肉や骨や血流、内蔵を感じられるようになり、さらにそのような境界線を越えたレイヤーの繊維の繋がりを感じ、さらに感覚が鋭敏になると泡粒か砂粒が集まっては崩れ去っていくように身体内を感じ取れるようになります。体のどこの筋肉や神経がどこに繋がっていて、どのように反応し合うかを体で掴めるようになります。経絡やチャクラの位置、あるいは西洋医学での筋肉の付き方や神経経路が感じられるようになる。

例えば私の体は、単純にこの数年間で相当柔らかくなりました。生まれつき左股関節亜脱臼という病気(?)持ちなので、股関節、骨盤を取り囲む肉の付き方が歪んでおり、腰が曲がっていました。簡単に言うと猫背。背骨の下の方で折れ曲がってしまっている。この周辺の筋繊維が大幅に解きほぐされ、お尻から頭の上までほぼ真っすぐに背骨を立たせて座ることができるようになりました。これって椅子だと意識すればできるんだけど、床に直接足をまっすぐ伸ばして座ったり座禅を組むと途端にできなくなる人が多いはず。それができるようになりました。

身体の奥の奥まで意識的にアクセスできるようになり、身体感覚を詳細に詳細に研ぎすましていくと、水を飲んだ時に水が喉を通り、食道を下り、胃に流れていく重力で首が自然にのけぞってしまうくらいに敏感になります。体の内部を通る毛細血管の脈動に全身がシンクして振動しちゃったりします。パンを口に入れるともそもそモゴモゴするので牛乳を流し込むと、パンの状態が一気に水分を吸って変容し、どんどん形状が柔らかくなり液状化し、体積が小さくなっていく、そんなパンを一口放り込み飲み込むまでの一瞬の現象を微細に感じ取ることができるようになります。呼吸を1つすると、吸い込んだ空気が鼻孔を通り、気管を通り、全身に広がって体に吸収されて私の身体を作り、生かしていく様子がわかるようになります。違う土地の空気(粒子)を吸い込むと、私の構成要素は一呼吸毎に変わっていくのだということが体感できます。

このように、体の奥に刻まれた反応という記憶と、それと一緒に刻まれている心理的、理性的な記憶が、常に流転している物理現象だと知覚できるようになると、普段の鈍感な感覚では「肩こり」「腰のだるさ」「頭痛」というように認識されて痛がっていたものが、つぎつぎ溶解し、素粒子的になり、そもそもそのようなしこりはないというミクロレベルに辿り着きます。小さな小さな小さな動きを捉えることができると、「凝り固まって微動だにしなかった部分」は一気に雲散霧消します。肉体的にも精神的にも。

そして、どのような痛みや苦しみがある時にも、自分の身体の中、心の中の微かな平安な振動を感じ取ることができるようになってきました。少しずつ。少しずつ。

これまで自分を形作っていた、時には支えてくれていたアイデンティティを溶解し、失わせ、手放す。そのためにヴィパサナに行ったし、ベルリンに来たんだと改めて気付きました。アメリカに渡った時、私は一度アイデンティティクライシスに陥りました。自分が認識する自己があり、その自己が表現し定義する日本語での私がいます。しかし、アメリカでは自分の母国語ではない英語を使って自己規定を行なわないといけないので、言語がおぼつかなかった初年度に私の認知内で不調和が起こりました。英語が母国語である他者が認識する私の英語(=わたし)と、私自身が規定する日本語での自己の間には大きな大きな深い溝があり、自己というものが捉え切れなくなったんです。

今ではその経験が実に貴重だったし、1度崩壊し、再び創造していく過程を私は存分に楽しみました。その体験を違う文化/言語圏に入ることで再びしたいと思ったという動機も渡欧にはありました。だから、瞑想をしながら、「ああそうか、だからか。」と納得していました。

ベルリンに来る飛行機の中で雑誌ニュートンの『生命とは何か』という特集を読んできました。このテーマを出発の友にするなんて啓示的だなと思いながら。

シュレディンガーは生命には負のエントロピーが働くから生命体を維持できるのだと言いました。ヴィパサナ瞑想は、負のエントロピーという概念そのもの、その概念が機能するためのパラダイムを変えていく業(わざ)なんだろうな。

そうそう、瞑想6日目にお庭でウサギを見かけました。花園で遊んでいたところを私に見られて急いで逃げて行く後ろ姿が印象的でした。猫もいたらしいけれど、私は出会わなかった。

Everyday of my life is a piece of art

2003年8月、23歳だった私はバックパック1つとスーツケース1つを持ってカリフォルニアに渡りました。大学時代に就職活動をせず、米大学院で組織心理学を学ぼうと決めたからです。でも、これといった出願準備も移住準備もしていませんでした。外国の学校なんて日本で情報集めて考えてるだけじゃわからない。実際に行って探索して決めていこう。そんでどうせなら、その前にバーニングマンに行っちゃおう!というわけで、最初はロスに入ってのんびり。そこからバーニングマンに一緒に向かう仲間とレンタカーをしてバークレーへ北上。さらに仲間と合流してネバダの砂漠に乗り込みました。1週間の狂宴の後、仲間が日本に戻った後も1人残り、友達の友達の家に転がりこみ、アメリカ生活が始まりました。

5年後、日本に帰国。そしてまた5年経ちました。

2013年6月、33歳の私はスーツケース2つを持ってベルリンに渡り、友達の家に転がり込みました。健康保険、銀行、ビザ関連の調査など日本でやっておくべきことだけはしっかりと整えて来たのは、アメリカ時代でのスリリング(今は笑えるけど相当な綱渡りだったなぁ)なやり方から得た教訓。でもそれ以外は、いやそれ以上に、これからここで何をするのか、どう人生を描いていくのか、まったくの白紙。駐在でもないし、学校に行くわけでもない。私の中に眠っている種が芽生える新しい土と水と太陽のある場所にやってきました。だから種が芽生えていく様子を観察したいんです。

10年前は真っ白い砂嵐にまみれながら精神と身体のギリギリを真っ向から味わった1週間が、新しい暮らしのキックオフでした。今回はドイツの美しい平原に囲まれた奥地で沈黙とともに精神と身体の境界線を越えていく1週間を過ごした後、ベルリンでの生活が始まります。

大いなる成長がありながら、まったくもって幾つになっても変わらない魂。

翼の話

4月末からGWにかけて、長野と関西に行った。父の五回忌は長野のひなびた温泉地へ。父と私は温泉友達だった。その後、3月に一周忌を迎えた友のお墓参りに奈良へ赴き、そこから京都、高野山、京都と旅をしてきた。

出国前に2人の墓前に挨拶をできてよかった。アメリカ在住時代の1番身近な友達の1人が彼だった。父の命日は私のアメリカ生活最後の日になったのもあり、2人の死は、人生の一つの時代に明確な区切りをつけるものだった。何をも怖れず、守るものがあることや、生きることがどういうことかをまだ知らずにいた、無知がもたらす輝かしさ。10代ほど幼気でもなく、30代ほど謙虚でもない、20代だけが持つnaiveさゆえの強さ。それは空を飛べる翼だった。

翼がもげ、意図せぬ形で戻ってきた日本。ここはもしかしたら体を回復させる休息地だったのかもしれない。休息という言葉とは裏腹のえぐられるような日々だったけれど。何度も何度も脱皮を繰り返し、傷を癒し、膿を出し、痛みに葛藤した。そしてやっと新たな翼が生え、飛び立てるだけに成長したように思う。その間にしっぽも生えた。

日本での5年間は、アメリカで失った翼を取り戻すための費やされたような気もする。2人の死者の墓前に向かうことは、これから新たな異国の地へ旅立つ前の儀式だったのかもしれない。

 

お父さんビデオ撮影

イタリアでサステナブル・シティ・プランニングを勉強したユキちゃんが、その学びを東京で発表する会にビデオ出演しました。

ユキちゃんからお題を2つ投げかけてもらい、それに対する解答をあいぽんを使ってセルフ撮影しますた。

Image

撮影に許された時間は30分!どうやって固定しようかキョロキョロした結果、こうなりました。

出来上がりはこちら。

宇宙と時間と意識とわたし

「我々から大マゼラン雲(LMC)までの距離が、2.2%の精度でほぼ49.97キロパーセクであることが示された。」(Nature)

私たちのいる太陽系から一番ご近所さんな銀河だって。

1キロパーセク=1000パーセク
1パーセク=3.26光年
1光年=9兆4600億キロ

うちの住宅地(約400戸)くらい銀河が密集してる集落とか宇宙にあるのかな。

宇宙は無限に全方向に続くのだとしたら、時間が「前」へ進んで行くという概念は存在しなくなるわけで、時間が可逆であるならば、時間は修正/改ざんできてしまうわけで、時間なんてないのと同じ。

ということは、空間的限界がある(と信じている)からこそ地球上では時間が存在していて、ということは、認識によって時間が存在するのだから、時間は非物理現象なのか?!?

自分の身体を構成する素粒子と、自分以外の個体、液体、気体を構成する素粒子は同じようにこの空間内に存在していて、実はあまり差がないと感じる。そして同様に、時間の粒子も空間内に存在しているし、意識の素粒子も存在していると思う。

時間と意識の流れは非可逆(図にするなら、左から右へ横軸を流れる)で、その線上に物質(身体や物体)が点のように置かれる(縦軸は場所を表す??)イメージが、私たちに日常世界だけれど、実際は、意識と時間と物質と空間は全部、一緒くたに似たような素粒子として浮遊しているのではないかなー?

空間が加わったのが3次元。時間が加わったのが4次元。意識が加わったのが5次元。

とか考え始めたら止まらない。

注:一切が妄想です。科学的根拠は論議できませんw

21世紀。浪人のススメ

そのうち、日本人としての誇りやアイデンティティを守るために日本国とは対立って図が将来できあがってしまったりするんだろーか。「国を脱して国を守る。」なんかガンダムみたいだな。

いま政治を仕切っちゃってるおじーちゃんたちは、「米国に負けて軍隊がなくなっったから現状に陥ったのだ。だから軍隊復活だ!」などと本気で思ってるんだろうな。こーゆー「実はイロジカル」なロジックを立てちゃう人が寄ってたかって集まると争いごとが起こるのだ。それは国同士でもチームみたいな小さな規模でも同じ。

敗戦して骨抜きにされた結果の今の日本の世の中でダメダメな部分もありまくりだ。それは事実。でも、敗戦と骨抜きというところがあったから出来上がった日本ってものがあるわけで。そこには今の日本の味も含まれるわけで。軍隊を保有しないのは本当に稀に見る、希少価値の存在だと思うんだけど。それをアドバンテージにしてグローバル戦略立ててくことってできる気がするのに。誰だっけ、革命を起こすには、その時に支配してる人たちが死ぬのを待てって言ったの。。。長寿の国の弊害か。

人間2000~3000年、同じことやり続けてきたから、そろそろ新しいことやろうか。そんなわけで、脱法治国家を妄想したりして。国自体がなくならないとしても、そこから脱して違う何かを生み出し始める人が動き出すのはあり。

例えば、日本人が流浪の民になる。このままじゃ本当に住めない土地になるかもしれないしね。

幕末じゃないから日本国内に限らず世界各国で浪人。

剣の代わりにインターネット。

世界に散らばり新たな国家民族の形をつくる。

土地に縛られない国。

…ガンダムの次は剣心かー。似て非なることをすでにやってるのはジューイッシュ(国家でも民族でもなく宗教に根ざしてるけど)と中国人か。ジューでも特に、チェルノブイリとペレストロイカを体験したロシアンジューから学べることは果てしなさそうだな。。

そんな時代の真っただ中。私の渡欧は、個人の生き様のためだけじゃない、大きなうねりの一部として担うものがあるに違いないという感触が強くなってきた。外にいるからできること。仕組みの枠から一旦外れてこそ、中に呼び戻された時に生み出せる熱量はとても違うんじゃないかな。組織論的にも新たなる実験。企業、教育、医療、政党、行政、国家、、、すべてが組織。

利己と利他が重なるところに、アートがある。

傲慢と自律

傲慢とは、自分の意のままにしようとする他(外)へ向けられたコントロール。

自律とは、サーフィンで波に乗るように、意のままにできない自然の摂理のエネルギーに自分の意識を合わせ調整していく自己(内)に向かうコントロール。

他者の嫌いな部分に反応し、直そうとコントロールするのではなく、嫌なことが起こった時に自分に迫ってくるエネルギーに対し、自分から沸き起こってくるエネルギーをうまく波乗りさせよう。

波は必ず立つのだから、波を消そうとするのは無駄な努力。現象そのものではなく、現象との関係性を変える。

これもコミュニケーションプロセスデザイン。