翼の話

4月末からGWにかけて、長野と関西に行った。父の五回忌は長野のひなびた温泉地へ。父と私は温泉友達だった。その後、3月に一周忌を迎えた友のお墓参りに奈良へ赴き、そこから京都、高野山、京都と旅をしてきた。

出国前に2人の墓前に挨拶をできてよかった。アメリカ在住時代の1番身近な友達の1人が彼だった。父の命日は私のアメリカ生活最後の日になったのもあり、2人の死は、人生の一つの時代に明確な区切りをつけるものだった。何をも怖れず、守るものがあることや、生きることがどういうことかをまだ知らずにいた、無知がもたらす輝かしさ。10代ほど幼気でもなく、30代ほど謙虚でもない、20代だけが持つnaiveさゆえの強さ。それは空を飛べる翼だった。

翼がもげ、意図せぬ形で戻ってきた日本。ここはもしかしたら体を回復させる休息地だったのかもしれない。休息という言葉とは裏腹のえぐられるような日々だったけれど。何度も何度も脱皮を繰り返し、傷を癒し、膿を出し、痛みに葛藤した。そしてやっと新たな翼が生え、飛び立てるだけに成長したように思う。その間にしっぽも生えた。

日本での5年間は、アメリカで失った翼を取り戻すための費やされたような気もする。2人の死者の墓前に向かうことは、これから新たな異国の地へ旅立つ前の儀式だったのかもしれない。

 

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