祈りとお金は同じもの

8月20日から9月4日まで北カリフォルニアのベイエリアに帰っていました。第2の故郷として焦がれてやまない地。8月26日から9月2日まではバーニングマン。5年振りに訪れた砂漠は、異国の地、ベルリンに移り住んだばかりの私にとって十分過ぎるほど「ホーム」でした。どこに行けばいいか、何をすればいいか、どう振る舞えばいいか知っているープロトコルが脳内に組み込まれていることで人は安心感を得るのだと、ドイツからアメリカに行ってみて気付きました。日本ードイツでも、日本ーアメリカでも気付かなかっただろう第3の橋がゆっくりと築き始められた。
 
バーニングマンでは商業活動(バーニングマンオフィシャルが運営するセンターキャンプカフェと、バイタルな氷販売以外)が禁止されている。一方で、フェスティバルに参加するためには高いチケットを買い、砂漠で生き抜くための食料やシェルターを全部準備しなければならないので多額のお金がかかる。この二律背反は批判の対象によくなるのだけど、私はこれでいいのだと思っている。ブラックロックシティという都市を毎年1週間だけ作り、商業活動ではない別のエコノミーを実践する、その「習わし」を毎年踏襲することが大事なのだ。芸術作品は永続性があるかないかで価値が決まるわけではない。365日持続していなければ意味がないわけではない。リチュアルには機能がある。限られた時間だけでも試していくことが重要だ。その体験から得られたマインドは、回を重ねるごとに徐々に普段の行動を侵略していく。Positive Infection.
 
私はお金に付与された不要な心理的意味を洗い流し、お金が本来持つ純粋な機能を際立たせたいと思って今の生活を始めた。信頼を積み重ねた仲間が渡してくれるお金を礎として、あるがままの生き方に近づいて行く。お金とはカレンシー。流れるもの。エネルギーだ。人間が生み出した極めて精神性の高い道具。
 
何の契約も約束も返済もお願いごとも求められていないお金を手にした。いつ何にどう使おうと私の自由。散財してもいい。ナホらしく生きることだけを願ってくれる22名から、世界と人間を探求する時間を与えてもらった。彼らはお金という形で私に愛情を届けてくれている。言葉で応援するだけ、心で念じるだけではないコミットメント。私がどんな可能性を見出すかを楽しみに贈られるお金。
 
「祈りとお金は同じ。」
 
こんなフレーズが急に降りてきた、今日の帰り道。
 
お金と祈りは結局のところ、同じものになり得るのだ。エネルギー体であるという性質を同じくしているだけでなく、どんなエネルギーであるかという特徴すらも同一でありうる。(※お金がお布施のように神聖なコンテクストで用いられることは多々あるけれど、私たちの実験には宗教や信仰が絡んでいず、世俗的で感情的な人間同士の愛という関係性においてお金が巡っているところが大切なポイント。)
 
お金は様々なエネルギーを生み出す二次的(メタレベル)エネルギーだ。さまざまな行動を可能にしてくれる。ただ留意すべきは、すべての行動、活動にお金が必要なわけではないこと。だから、生きるためのどこにお金が必須で、どこは必須ではないかを見極めなければならない。この線引きが大事。なぜなら、何にでもお金は要るものだという前提で生きてしまっているのが現代社会の発達した都市部に住む私たちの固定観念だから。ここをディコンストラクトしていこう。

街(土地)への感謝

9月3日、ベイエリア最後の日はとても寂しかった。もっと長くいたかった。離れるのが悲しかった。胸がとても痛かった。戻る場所が日本ではなくベルリンというのが新し過ぎて、ワクワクよりも不安を覚えた瞬間があった。

9月4日、出国の日。SFOでは哀しみより晴れやかな気持ちで搭乗を迎えられた。でも飛行機が離陸した瞬間、涙がポロポロ出て来た。日本を出る時も泣かなかったのに(母と地元の駅で別れた後は泣いたけれど、成田を飛び立った時は至極落ち着いていた)。

どんどん視界から小さくなっていくSFベイエリアを眺めながら、この土地に「ありがとう」という感謝の念が溢れてきた。

人ではなく街/場に、こんなに鮮明な感謝をしたことはあったろうか。

この街が生み出す文化に、

あらゆるものを受け入れてくれる許容に、

ある共通する「匂い」を持った人々を惹き付ける魅力に、

キラキラする出来事を起こす魔力に。

Surrender

When the inhale is narrow, you don’t want to acknowledge or accept something. The protective, defensive mind causes your body to behave the same. As a result, your body becomes shrunken and stiff, so that you don’t have to “inhale” a lot of what you don’t like. But, what you don’t like isn’t really around you in air. It’s in your head only. In fact, you are surrounded with nice, soothing, refreshing air.

Deep in. Inhale slowly to the bottom of your belly and reach to the feet.

Breathe in allows you to surrender what you are going through in a gentle, tender manner.

Surrender, and bow the head to the earth, white dusty earth. Then look up to the infinite blue sky. The sun will celebrate you during day. The moon will whisper you during night.

Breath out. Deep out. That creates more space within you to invite joy and bliss.

流れる

ビザ申請のために私に美しい推薦状を書いてくれたアーティストのスタジオに遊びに行ってきたよ。彼の作品は基本は木版画だけど独自の手法を編み出していて、私たちが木版画と聞いてイメージするものとは違います。サイズは2x4メートルといった巨大なものばかり。圧巻でした。アートモチーフは何かと尋ねたら「僕の哲学だよ。哲学を言葉で書かずに僕は視覚的に表現するんだ」と言っていました。

マホガニー製の巨大な円形の水で渦を作る装置(水の動力を利用している。渦の中心に人が立っても水がかからないように設計されている)の小型版がスタジオにおいてあったので、水を入れてもらいました。作った動機は「渦の中心にいるのがどんな気分かを溺れることなく体験してみたかった」からだそう。さすがアーティストな発想!水は一番早く流れる道筋を選ぶ性質があるそうです。Water naturally chooses to move the fastest. I’m very fascinated with the fact!

他に、酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出すの私たちの呼吸の性質を利用して、人の吐く息を貯めていってダイアモンドを作る装置を化学者のお父さんと共同で開発したのだ!!!彼の息でできたダイアモンドも見せてもらいました。

絵画、版画、建築、工学に物理学、化学まで使ったアート作品たち。

Martinとの会話でとても示唆的だったのは、化学の側面から言うと、この世界で物質は「無くなる」ことは決してない、という事実。原子の繋がりや組成が変わることで質や形が変わるけれど、構成する要素は決して消えてなくなりはしない。常にこの世に存在している。木が燃えて灰になっても原子レベルでは同じ(バランスは変わるから物理的には木はなくなっているけれど)。

この言葉に、とある友人が言っていた「お金が減るのは勘違いだと思う」という意見を思い出した。お金を払ったり消費して、お金がなくなる、減ると認識する私たち。でも、本来は手元からお金がなくなる、減っているのではないのかも。お金を使うことは化学変化と同じようもの。

ナホのいる生活を始めたのは、旧来的なお金の観念のように私が「払う」「消費する」「取られないように守る」のではなく、私の体をメディアとして、お金というエネルギーが流れてく(currency)状態にしたい想いがあったから。化学からヒントをもらった夜でした。

ベルリンからのつぶやき。日本。

日本は行きつくところまで行きついてしまった国/社会だなぁ。

千年単位の歴史と文化を保有し、テクノロジ—も経済も医療システムも成熟し、治安は抜群によく、町は清潔。戦後ずっと平和を維持してきたおかげで、諸外国から日本人(日本国ではない)に対する信用度はありがたいほどに高い。サービス産業のクオリティは他国の追随を許さない。美しい海に四方を囲まれ、豊かな山林と水脈を宿し、狭い土地ながら幾つもの気候があり、季節を巡らす。とにかく、さまざまなことが豊かで、恵まれている。経済大国になったし、平和大国になったし、ネットが安定して超速いし、suica1枚で日本中どこでも電車とバス移動できるし、長寿国だし、並べればきりがなり。こんなに隅々まで整ってて、住みやすくて、綺麗な国はないのだ。

一方で、高齢化社会、人口減少、それに伴う医療と福祉の話、資本主義の行き詰まり、そして原子力事故の見えない行く末、というように、違った角度の物事を並べてみてもきりがないブッチギリっぷり。民主主義を進化させるのか、それとも全く違う方向に走り出すのか?政治の面でも壁にぶつかってる。日本はいい意味でも悪い意味でも、先進国の中でダントツトップで先を行ってしまった。他のどの国も知らない世界に突入してる。だから人類のモダーンソサエティの実験場になってると思う。

私たちはこんなに遠くまで来てしまった。チョロQみたいな走り方で。

今の日本の文脈に合うものって、もう海外からは持ってこれないと感じる。例えばTEDxというフォーマット。もう合ってないんじゃないかな。4年間がっつりやってきたからこそ感じる。2012年までは合ってた気がするけど、2013年の夏の今は、だんだん日本社会の置かれている場所と、TEDとTEDxが提供してるものはズレてきてる気がする。っていうか、TEDは一例であって、外から何か持ってこようとしても、どこにも見つからないんだって。日本が日本から生み出してくしかないフェーズなんだ。

と言いつつも、ベルリンには希望を感じる。この町ね、ほんとにすごい歴史を通ってきてる。私はまだまだ勉強不足。だからこれから学んでいこう。ベルリンには何かある。東京にも撒ける種がある気がする。デザイン思考とか、ファブとか、エコとか、TEDとか、クリエイティブうんちゃらとか、ワールドカフェとか、1つの理論やテクノロジ—やフォーマットを持ち帰るってことではなく、町そのもののうねり。辿ってきた道のり。そこに生きた人間たちの軌跡。そーゆーバイブレーション。

バイブレーションを持ち帰るためには何かしらの器が必要だから、デザイン思考とかファブのように「切り取られた形」になって広まってくんだろうけどね。だけどほんとは、バイブレーションそのものが伝わったらいいのにな。方法論や技法やシステムではなく、スピリットを学ぶって感じかも。

それにしても上記になんとなく挙げたものって大概がアメリカ発じゃない?あるいはUK?

そうさ。

つまりは、日本よ。

世界は広いのだ。

広い世界にまるっと繋がってから、日本で生み出していく。

世界の突端で。

丸いから、端っこだけど端じゃない。

またもとに戻る。

かな。

 

 

 

職業としてのアーティスト

ビザ申請準備をしています。

山はポートフォリオ。これまで、いわゆる職業的アーティストとしてやってこなかった私が、オフィシャルにアーティスト活動をしてきたことを示さなければなりません。

4年間の日本での数々の試みを振り返る。

コミュニケーションは絵を描くための筆のようなもの。コミュニケーションの一筆一筆に魂を込め、鮮やかな色彩を出していく。人間関係の1つ1つが私の作品。

人間関係には愛と美が兼ね備わっていないといけない。

人生がアートと謳ってきた自分を、いよいよ法的文書のカテゴリーにおいて「アーティスト」に入れ込む時がきた。数年前には想像だにしなかった展開。

自分のための職業を発明し、自分の仮説に従った組織をデザインし、自分の哲学を方法論に落とし込みワークショップや講演を行い、仲間と一緒にいくつものコミュニティを育んてきた。

働き方、集い方、暮らし方、愛し方、生き方の社会実験。

私がやってきたことは社会彫刻という分野になると教えてくれた友がいた。

私が生み出すものは文化だと教えてくれた友がいた。

過去の蓄積を総括し、細分化し、分析し、再構築し、また崩し、新たな意味付けをする。

私という職業は何者か?

どんなポートフォリオになるだろう。

初めてのハッカソン

betterplace Lab x Peace Innovation Lab Berlin が共催する3日間のハッカソンが終りました。ドイツ拠点のクラウドファンディングプラットフォーム betterplace.org への寄付をより魅力的に、ユーモラスに、日常の行動の一部にするためのハッカソン。デベロッバー、デザイナー、クリエイター、起業家、コンサルタントなど異業種の人たちが集まり、アプリケーションやウェブのアイディアを持っている人たちを中心にチームを作り、コンセプトメーキング、デザイン、モックアップ作成、発表という流れでした。

なぜ参加することになったかと言うと、Peace Innoation Lab Berlinを運営している友人がフェースブックでイベント告知しているのを見つけたのが始まり。私がベルリンで取り組んでいるアートプロジェクトが、クラウドファンディングを使わず、自分が育てたコミュニティを基盤に、愛情と信頼関係をすでに築いた仲間同士でお金を贈り、受け取り、流すという、お金の意味づけを転換させる社会実験なので、なにか関係あるかなーと思って申し込みました。

意外なことにドイツでも60%の人は寄付をしないそうで、どうやって「お金を出す」文化を根付かせるか、アメリカやイギリスの先進的例を参考にするあたりは日本と似たようなポジションなんだなーと学びました。

How can we make donations sexy?
How can we make donations interactive?
How can donating add value to the person giving?
How can donating be integrated into our daily routines?
How can we attract the 60% of the Germans, who have never donated?
How can we improve products and services through donations?
How can we catapult donations to the next level?

数々のアイディアピッチが行なわれた後、晩ご飯を食べながら(Abendbrot-夜のパン−が「夕飯」という意味になるドイツらしい、パンとチーズとハム!)興味あるアイディアの人と話したり、似たようなアイディアのグループで合流したり、自発的にチームを作っていき、夜9時過ぎからチームに分かれて作業が始まりました。

私は「お金はもはやセクシーじゃない!時間をドネーションしよう。」というアイディアを出したアルバニア人のチームに入ることにしたよ。アルバニア人、ドイツ人、スロベニア人、日本人という色彩豊かなメンバーです。寄付はワンクリックで済んでしまう瞬間的なトランズアクション。でも、必要なのは共感する気持ちと継続的に支援するコミットメントだよね。そのためには、お金を出す、プロボノを提供するという行動に移る前に、まず興味を抱き、もっとプロジェクトのことを知れて関係性を構築できるスキームが入ればいい。Attention(意識)を傾ける時間をまずは作ろうじゃないか、というのがベース。

クラウドファンディングのためのスマートフォンアプリケーションをデザインする場に立ち会うことになるなんて想像もしていなかったのですが、やってみると単純に面白かったし、私みたいにIT,Fab, Makersのような「タンジブルなものを作る」ことから縁遠い人間でも、チームメンバーとして役割を持って、開発フェーズに付き添えると体験できてよかったです。

やっぱり私の強みは、人が発信したいアイディアの裏にある情熱や思想を掘り出し、ロジックフロー(ストーリーライン)を立て、それをしっかり創作物のデザインに反映させるために、チーム内でコミュニケーションを深く、リズミカルにしていくプロセスデザインだなと実感しました。つまりほんとに初期フェーズ。モックアップを作って試したり、プレゼン資料を作るのは、建築家、医療系テクノロジ—事業家、エンジニアのチームメンバーがやってくれました。私は横から色々言ってるだけw

プロジェクト名はどうする?ロゴは?タグラインは?キーカラーは?

このアプリケーションで一番達成したいことは何?

どうしてそもそもこのアプリケーションを作りたいと思ったの?

国籍も言葉もバックグラウンドも違う初対面の人と、いきなりブレストし、デザインし、成果物を作るのは容易ではないけれど、人間誰しも譲り合うし、人の話を聞いてくれるし、説得しようとするし、こういうのがカッコいいよね、とか、こういう方がもっと人間らしくていいよね、とか、共有する基盤がある。

過去にcross-cultural/Inter-cultural communication理論を学び、global communicationとは何かを研究テーマにしたことがある。そうした知識と多国籍チームでの活動経験を鑑みると、短期的、あるいは連続性のない小さい組織(チーム)活動においてはglobal communication能力がより必要になる。中長期で継続的に活動し、そのため組織にストラクチャーが入ってくるとcross-cultural differenceやinter-cultural relationshipの要素がどんどん大きな役割を占めてくるのかもなー、という所感を覚えました。

続・家を探しています

家探しを始めてからおよそ10日。7月中旬に差し掛かるにあたり、「即、見つけなければ!」という危機感?がぐぐぐぃっと出てきた昨日の朝。家探しは友人知人にそのことを知らせて、情報が入ってきたら流してもらうのがベスト。とある友達に相談をしようと思いました。思い立ったが吉日、午後に会いに行きました。ベルリン来てすぐに会いたかったんだけど1ヶ月以上経ってしまい、やっと再会できました。

彼はAcci Babaというアーティスト。2010年6月の記念すべきTEDxTokyo yzキックオフイベントで、ベルリンからわざわざ来日してくれた。不思議な縁のある人。 https://www.youtube.com/watch?v=kXFn8xBHwn8

Skypeを介して2人でプレゼンテーション作りをしたな〜。馬場くんの奥さんは、私のことをまるで妹か娘のようにかわいがってくれてる友達の大親友。4月に日本で会った時「今のご近所さん(私の姉貴家族)と未来のご近所さん(馬場家)がいる〜♪」と喜んでいた私w

馬場くんの新オフィスでのんびりしてきました。自営業クリエイターが集まるシェアオフィス。ひろーーーくてキッチンもバスタブもあって、撮影したり作品作るスペースもあり、ベルリンらしい居心地よい空間でした。

オフィス仲間を紹介してもらいました。その中でちょこちょこうちらのところに来て会話に混ざって盛り上がったのは、ベルリン在住20年近くになるオーストラリア人。馬場くんが彼に私が部屋探ししていることを告げると、「今ぱっとは思いつかないけどFBメッセージでたまに回ってくることあるし、情報入ったら教えるね」と言って自分の部屋に戻って行った。

ちょっとして彼がうちらに向かって声高に「ルームメイト探している友達がいる!」と言ってきました!「2人から言われて5分後にFBメッセージきた。僕のすごい仲いい友達だよ。」

というわけで、FBでその人に繋げてもらいチャットを開始。そしたら、「今日、広告を出したばかりで家の内見は土曜日からなんだけど、今夜うちでBBQするからタイミング合えば来る?」と誘われたのです。オフィスがある場所からその家までわずか数駅。

「何時から何時まで?」

「今から2時頃(夜中)まで」

「行く!!!」

あれよあれよと家を見にいくことに。オフィスに遊びに行った最初のうちは馬場くんと2人で家探しの難しさ、苦労、流れやタイミング、相性の重要さを共感し合っていたばかりだったので、この展開の速さと面白さにみんな少し興奮気味。

家はとーーーーーーーーっても素敵なバルコニー付きペントハウス。家主さんとは仕事のフィールドが被る部分があって意気投合しました。家にも人にもしっくりきて、住みたいと感じられたのは今回が初めて。この家に住むことにならずとも、友達として仲良くしていきたいと思います。それだけでも大満足♪

かーなりしやわせ気分で帰宅してメールを開いたら、さらに6、7通部屋探しの返信がきていた!そのうち4通はスパムでなく、きちんと家の内見とインタビューを予定してくれているもの。普段だったら10通打って1通の返信、そのうち半分以上がスパムなのに、なんだ今日1日でこの打率!ついでに、別の友達もルームメイト探している人の情報をくれておりました。

なので今日、明日、明後日とさらに4軒見に行ってきます。

1つ前のエントリーで書いた部屋探しへの想い。ああいうスタンスにシフトすることができてから心が落ち着いてきて、そこへ昨日の「まじで部屋をすぐ見つけなきゃ!」という緊急の現実的ニーズが生まれ、んでもって会いたいと思っていた人に即行会いに行ったら、こういう風になった。Voila!

あと、部屋探しのメッセージ内容を少し変えたのが効果あったんだと思う。

いくらわけがわからないと言えど、素の私の文章を見て「いい」と感じて返信くれる人を望んでるから、日本でCommunication Process Designerという職業を自分で作ってやってきたこと、ベルリンに渡ってアーティストビザを申請し、生きる実験をアートとしてやっていくことは書いてました。そこはまったくいじってないんだけど、1行「アートファンドをもらってベルリンに来ている」と添えたんだよね。私がやっている暮らし実験は厳密にはfundとは違うかもしれないけど、見方によってはそうだし、文脈に合わせて相手が解釈しやすい言葉で説明していけばいいのかなと思っています。ルームメイトを探している人たちが求めているのは何より支払い能力。ベルリンでアーティストビザ申請中って書くと、=お金ない。になるのです。

この返信の劇的変化。あの1行が効いたんだな。

一方、夕べ見に行ったところの家主さんとの出会いはそのループとは違う、「人との繋がり」だけで出てきたもの。

偶然なのか何なのか、この日、馬場くんは6ヶ月間かけて制作していたアートワークを、私の目の前で完成させたのです!!!ラストピースの大きさや角度の微々たる調整に試行錯誤を重ねていた後に、「これは終るかも」という彼の言葉と共に接着され、ピタリとはまった。

さまざまなものが持ち、発し、影響し合っているエネルギーの戯れの妙を実感した1日でした。

家を探してます。

今は家探しとビザの取得という実務的な準備の時期。それができて、やっと住めるようになります。何か区切りのあるアート活動をするとしたら、事務、法務的なことが整ってから「活動開始」すればいいだろうし、私自身、なんとなくそういう頭になってしまっていた。こーゆーことが終ってから、いよいよ始まる、始めよう。

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でも、人生をアートするってことに終りと始まりがあるとすれば、誕生と死しかない。(それすらもわからないもの。)言い換えれば、家探しやビザ取得もアートのプロセスってこと。ともすれば、「うげぇぇぇ」と面倒くさくなっちゃうこともある「タスク」を、どうやったらアートに転換できるんだろう?それがここ1週間くらいの自分への問いかけでした。

ヒッチハイクの感覚で、Tシャツに「家探してます!」ってプリントして街を歩くとか、見に行かせてもらった家の人にサプライズするとか、家探ししてる人たちと一緒に家探しプロジェクト始めちゃうとか、道ばたで目に入って住みたいと思ったアパートに突撃するとか、アイディアはどんどん出てくる。でも、私はそーゆー目立ったパフォーミングアートをしたいわけじゃなく、自分じゃない人がやった方がクールになるんだろーなー。という結論にいつも辿り着きました。

特殊なこと、誰もが「アート!」と一発で感じる「いわゆる」なこと、をする必要はない。私がふつーに家探しするプロセスを、私の視点で描くことがアートになるはず。

家探しではたくさんのベルリン在住者の住居空間を見学します。この街にはどんな構造の建物に、どんなデザインの部屋があって、どんな風に居住者は部屋を飾り、窓からはどんな景色が見えるのか、1つ1つまったく違った生活の形を垣間見れます。彼ら彼女らの職業、食べ物の好み、趣味、恋愛、日常の行動パターンなどを短時間で知る機会です。なかなかないよね。

他人の生活の一コマを切り抜いて、自分の生活の一コマがそこにはまるかどうか、重ね合わせてみる作業。

どの人にも人生のドラマがあって、切り抜き方によってはとってもアーティスティックになる。

映画のプロットのよう。エスノグラフィーのよう。

こんなアングルの家探し。そして、私が住むことで家や人が喜ぶような、「待ってました!」な部屋との出会いを引き寄せる。

いいご縁がありますように!

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Embodying my Life as Art in the Selfmade City

Last Saturday, I participated in Flow Game. It’s invented by Danish who, I suppose, are involved in the Art of Hosting community. Flow Game is a game to “question your question.” It’s a profound quest for who you are and how you are. Players of the game are asked to ponder deeply and craft a “right-on” question that they can carry with and reflect upon at times. A question that matters not only in the present but also in the future. The question guides you to walk through an unclear path. The question prompts you to take the lead. The question helps you to sit back and take a deep breath.

Flow Game

The game was facilitated by Mary Alice. We worked together in 2011 in Japan. When the triple disasters hit the country, my friends and colleagues got a strong urge to offer space where young doers and leaders came together, expressed out themselves, nurture personal leadership, and build a community. Mary was one of the guest facilitators. One program we did based on her idea is still memorable. All the participants circled around a camp fire and confessed what to take away and what to let go off. We threw away in the fire a piece of paper where what to let go off was written. A powerful initiation that we desperately needed in the mist of abyss.

So. What is my question?

Two things immediately come into my mind: Room hunting (WG) and visa application. These are rather tasks than questions. Practical and superficial in a sense, but very urgent and important, and greatly linked with my intention to live in Berlin. Without such admin procedures, I’m not eligible to stay here in the long term.

To find my question, I keep thinking why I want to live here.

It’s because I want to make my life a piece of art. I believe that everyday life is art work. I don’t professionally paint or make sculptures. I’m neither a musician nor a digital media creator. How I lead a life, how I build relationships with people, how I work, what I say, what I write, how I love,,, all the things are my art. I hope to draw and curve beautiful lines of life.

While living in Japan, I created a profession for myself: Communication Process Designer, simply because I didn’t find any job or position that exactly fit my value systems. (I should write more about the concept and application of Communication Process Designer in another post;)) Basically, CPD is a lens that enables you to grasp all social phenomena in terms of human interaction. Communication is the smallest unit/particle of human activities, whether in family matters, work settings, school, or art scenes. Hence, designing each and every path of communication yields what you do, what you have, and how you are in life.

With the background of Organizational Psychology, my major experiment was to make a new theory of organization (it’s still going on.) The way that human beings flock into a group and form an organization to achieve larger goals and higher purposes. How do we do so? Is the current way working? What is an alternative way? What suits more to my philosophy? For the past four years, with allies, I kneaded my hypotheses and tried out to design multiple communities where new type of organizations (teams) and working styles emerged.

When you think of organization design and individual working styles, you can’t avoid facing the bigger systems such as theories of economics, laws, and polotics. Economics especially drew my attention. Organization studies were tied into economics since most of them started from measuring work efficiency (how to get tasks done) in the industrial fields. Indeed, in the present, majority of “hot” theories around corporate management and organizational development is influenced with “common knowledge” of business. Nevertheless, I kinda left it out and concentrated on purely designing a smaller scale of organizations (team and community) at that time, while always questioning the current economic systems, what worked and what didn’t.

But, time has come to begin a different experiment that allows me to explore even further. The experiment of organization, community, individual life, and socio–cultural-economic systems. My focus is now shifted to life as a whole. Specifically, to set about, I intend to address an alternative way of exchanging money with other stuff in capitalism and rational exchange economy (*I’m not an expert in Economics and might be wrong in using terminology in English…Excuse me!) To simply put, what I’m doing now is to exchange money with love and trust without ROI, obligations, benefits, expectations, promises, etc. The mainstream of usage of money is fine. Good! I have no objection to it. BUT, it’s weird to me that money can be exchanged only in a certain manner. In other words, we can “earn” money (almost) only for what is marketable and profitable in the current economic system. In my opinion, however, money should be able to be circulated into other places thoroughly in the eco-system. Why don’t we equivalently exchange money with love and trust?

I form a group of people who willingly and heartedly give away money to me so that I can live a life in Berlin. They truly want me to be myself, purely express myself. 22 people join so far and collective money reaches to over 2,500,000 JPY. We observe our behaviors and emotions that arouse through the experiment as the givers or the recipient, and discuss it, monitor it, and attempt to understand what the heck we are doing. All we know is that this money is a gift. They trust and love me. I trust and love them.

What will I do with all the money?

I will weave art pieces out of my life.

Why Berlin?

Because Berlin is known as the city made by its people and has freedom to be how you want to be. The notion of social sculpture has sprouted here. Everybody is part of making up the city by making up own life.

By the way, it’s not me but my friend who came up with an idea that I could be a social sculptor. I’m constantly being re-defined by my folks. Even if I have no clue who I am, the others do, sometimes. And Berlin will surely redefine myself and my community, while we play a role of making the city, we wish!

Also. My question is

How to invite Berlin to support me in fully embodying my life as a piece of art?