私のアート作品の説明を試みてみます

(少なくとも現代の一般的な)Artの概念、定義にはto see(to be seen)がデフォルトで入っている。To see には何らかのproduct(見る、触れる、鑑賞する対象)が必要になる。私のArtはprocessなので、 processを顕在化させる動詞はなんだろうか。それが明確になれば、コミュニケーションがもっと容易になるだろう。

それはやはり、to live with なのかもしれない。processの中に一緒に入ってもらうしかないのだ。私のコミュニティの定義は「人生の大事な意思決定に何らかの関わりを持つ間柄の人たちが、時間・地理的距離感を越えてゆるやかに繋がっている」だ。これまで沢山のコミュニティをローンチし、デザインし、育ててきたが、プロジェクトやビジネスを達成する「チーム」のままでいてはこの定義を満たすコミュニティにはならない。

だから、生きること、命に関わることに入ってきてもらう枠組みを作ってベルリンにやってきた。それは “life with”だ。Processの参加者、役者になってもらうことがartを鑑賞・堪能することにもなる。そういうArt 。コミュニティとは生きる舞台か。

そして人からの質問に答えるためには、今、実験している多面的なことを一つ一つの面に分解して説明することが避けられない。そう、説明しないといけないのだ。しょっちゅう遭遇するので観念してロジカルに整理し始めてみようと思う。これは試みの第1回です。

その面とは、

【コミュニティ実験】これまで育ててきた数々のコミュニティが浮遊するエコシステムの中で、自分の定義するコミュニティに近づける実験

【お金の実験】資本主義社会の中でお金の意味や価値を変え、市場で換算される労働的価値や社会的付加価値とは違う尺度でお金が流れる、すなわち愛、信頼、寛容さ(love, trust, generosity)によってお金がやり取りされる実験

【働き方の実験】自分の定義する働く、to work, zu arbeiten を実行する。paid or unpaid?  employed or unemployed/under contract or without contract?  enough to pay rent and bills or not enough?  といった基準から賃金との交換で働くのではないやり方。かといって、”without money” というアンチ資本主義ではなく、意思決定方法、物事への動機、思考・行動パターンが従来の資本主義経済での一般的人間行動とは違った形で「働き方」や「仕事」を、一瞬一瞬身体が受け取るあらゆる情報エネルギー(科学的データからスピリットの動きまで)をフル活用して選び取っていく。それは波に乗るのと非常に似ている。

【身体と意識の実験】身体と意識がどのように連動し、日々の一つ一つの言動に作用しているか自己観察によって精細に学ぶ。物理的、肉体的、心理的、精神的、文化的な影響を見る。

【人間の動物としての本来性の発見】人間の野生、本能、直観、もともと備わる自然の力とは何かを、スポーツやアウトドアなどいわゆる「動物的」と言われることからではなく、常日頃の当たり前の何気ない行動の機微を極めていくことで探る。なぜなら四六時中、人間は肉体を使って何かをしているのであり(休憩や睡眠、あるいは計算や思考といった頭脳を使う活動を含め)、単純にアスリートだけがより動物的なわけではないからだ。都会に住み今の時代の生活の中で、それでも動物的であることとは何か?

【死生観の構築】私は死を自己内包し、死に向かって準備をしながら生きている。準備の仕方は「明日死ぬかもしれないから今日を大切に力いっぱい生きよう」ではない。これは暑苦しくてむしろ嫌いな考え方。そうではなく、死はすべての命に常に存在している100%の事象だということ(だからシュレディンガーの確率論とはちょっと違う)。私たちは死に向かって生きている。生きることと死にいくことはイコールだ。病気が顕在化してからが死への第1歩ではない。毎日の中で死への準備をするとは、この体が病気か事故か殺人か自殺か何で終わるかわからないが、なんにせよ終わる時に、死の瞬間を意識が捉え、受け入れ、死と合一することだ。そのために今はチベットのボン教及び仏教に伝わるドリームヨーガをやっている

【人生をアート作品とする試み】頭の中に浮かぶアイディア。「こういう社会がいいな」「こういう世界がいいな」「もっとこうしたらいいのに」「こういうことってできるんじゃない?」自分の思想、価値観、世界観を毎日の暮らしにおいて実行、体現するのが私のアート。絵を描いたり、彫刻を作ったり、映画を撮るのと結局は一緒です。自分の哲学を表現すること。私のメディアは私の毎日の人生。「見せる」「発表する」ことに重きを置いてないので、従来のアートとは違うかもしれませんが、いちようそのアートでお金を集めて生活してます(上記のお金の実験)。どうやって呼吸して、どうやって歩いて、どうやって人と出会って、どうやって一つ一つの行動を選択して、どうやって生活を成り立たせて、どうやって毎分毎分、毎秒毎秒を過ごしているか。人生をアート作品とするには、意識が常に覚醒していること、身体と意識と魂が常に一致して、この身体の中に宿っていることが大事だと思っているので、毎日その練習をします。練習方法は今はチベタンドリームヨーガです。なぜなら、夢見ている間、寝ている間の身体と意識も取り扱っている体系化された理論だからです。

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