プロフェッショナル。ボランティア。プロボノ。そしてパーソナル。

プロフェッショナルってなんだろう。

ボランティアってなんだろう。

プロボノってなんだろう。

パーソナルってなんだろう。

私にとってこれらの線引きは曖昧。

「仕事」や「プロ」と呼ばれるものが「金銭を支払われる」という「契約」に基づくのであれば、私のプロとしての仕事の割合は、コミュニケーション・プロセス・デザイナーとしての全活動の半分くらいかもしれない。日本の大学を卒業してから就職せずに渡米し、大学院を終えて、アメリカでも就業経験がないまま日本に帰国することになった。それから半年くらいは「仕事」はしておらず、いきなりフリーランスの道を走り始めた。今年で3年目になる。まだまだスタートアップの私にとって、しかも職業の概念そのもの、仕事そのものを1つ1つ創りながらやっているので、金銭を軸としない就業形態になることがある。それは、端からは「ボランティア」とか「プロボノ」と表現される。あるいは「お金にならない仕事」とか。

資本主義ベースの貨幣経済に生まれた私たちは、お金がないとサステナブルな生活は送りにくい。ここで机上の空論を展開するのは無意味だと考えている。お金は大事。お金自体はツールであって、原因ではない。その運用方法が限界にきているだけ。それに、私は豊かな都市圏で暮らすことに慣れていて、それも一概に悪だとは思わない。生まれ落ちた時代、与えられた現状の中で、自分の価値観と社会や文化、自然を照らし合わせながら、さらには違う国や地域の文化や風習からも学びながら、どんな生き方にしていくか毎日の小さな選択を積み重ねている。

その一方で、私はお金にあまり執着がないというか、お金を生み出すという行為にあまり注力できない人間であることも知った。フリーランスとして食べていってるから can ではあるんだけど、shouldって思ってないな〜と。文字通り、その時その時にいただくもので生きていってる。お隣さんからおかずを分けてもらうフランクさで、お金のやり取りをしている気がする。実際に、お金以外の形でいただくことも少なくない。(working exchangeもそうだし、忘れた頃に「海外のカンファレンスに行ってきなさい」ぽーん!だったり。2ヶ月旅に出てもみんな心から笑顔でその意義を理解し待っててくれたり。)

私にとって「プロ」や「仕事」と言われるものは金銭契約とは関係がない。それがあろうとなかろうと、私のpresence と知識、経験、パフォーマンスを信じて案件を振ってくれる方々に、責任とクオリティーの面でプロとしての役割を果たす。特に、コミュニケーション・プロセス・デザイナーが提供するものは、これまでの市場にない価値形態であり業務内容だから、まずは見て触れて体験してもらって関心や信頼を得ることが必要。いきなりcurrent marketのルールに則る(金銭契約)のが難しいのは当然。Something strangeにbidするって、芸術以外ではハードル高いよね。

そんなわけで、プロフェッショナル、ボランティア、プロボノといった間仕切りは I comprehend it but don’t follow it.

TEDxTokyo や TEDxTokyo yz で私がやっていることは、私にとってはプロとしての仕事。実践/修練の場。私は将来、こういう仕事(プロジェクトベースで次々に組織をローンチしたり、その周辺コミュニティをデザインし、育てていく)が “paid” なメインストリーム市場として成立すると信じてるから先行投資としてやっている。いわゆるボランティア活動という認識は微塵もない。既存のものとは違う社会/経済/政治体系を創り、そのエコシステムの中でおもしろおかしいアイディアがどんどん形になっていく— そんな容れ物をデザインし、こねこねしていく人がコミュニケーション・プロセス・デザイナー。(加えて、自分が構築しているシステム内で、自分のキャリアデベロップメントも行ない、プロトタイプとして提示するという2重構造。)

TEDxTokyo について「ボランティア組織をデザインし、まとめる」という言葉を便宜上使っているけれど、お金という契約を結ばずして、 “Ideas worth spreading”  “Open Source” “Creative Commons” といった哲学から新しい社会システムを築こうとしているTEDとTEDxTokyo を、不特定多数に説明する際に一番端的な言葉だからというだけ。「端的」だけど「的確」だとは思っていない。実際、TEDxTokyo と TEDxTokyo yz コミュニティからは、実際のビジネスプロジェクトやenterprise、新たなコミュニティが出現していっている。まだ、初期段階でsystematicなプロセスデザインになっていはいないけど、まさに「ソーシャル・インキュベーション・システム」として機能し始めてる。あるいは、メタコミュニティか。

この辺りは、「ボランティア」というカタカナ語の持つニュアンスの問題もあるんだよね。英語の voluntary — volunteer には、「ボランティア」の持つアンプロフェッショナルな感じや、組織側の「お金がなくて払えません!」「お金払わないのが原則」的な香りはそこまで強くない。あくまで「お金は受け取りません」というボランティアを提供する側のスタンスに重きがあると思う。

もう1つ。プロフェッショナルとパーソナルの境界線。これも曖昧。

私はコミュニケーションの「過程」「how」をデザインする人。そのフィールドを、組織形態や規模、産業、業種、年齢、国、文化などで絞っていない。ビジネスでも夫婦でも親子でも学校でも病院でも地域でも国際社会でもバーチャルでも、他人に対しても自分に対しても、コミュニケーションのエッセンスは同じ。そこに組織心理学や臨床心理学、東洋哲学やボディワーク、アートの方法論や技法を取り入れてやっている。

家族との関係作り、友人との愛情交換、恋をする時、1人の時間を過ごす時。こういった日常すべてが、コミュニケーション・プロセス・デザイナーの私にとって学びと実践の場。プロとしていつも気を張りつめているという意味じゃなくて、パーソナルもプロフェッショナルもないなーという、それだけ。

人間を追求すること、コミュニケーションのことが仕事だから、一瞬一瞬の触れ合いがプロフェッショナルデベロップメントに繋がってる。スキルアップになったり、新しい仕事をもたらしてくれたり。なんでパーソナルとプロフェッショナルを分けてるんだろう。そういう言葉(概念)があるからかな?だとしたら、言葉に操られて思考が固定化され、それに行動選択が影響されているのかも。人間は自分が編み出したものに逆に操られちゃうんだね。機械とか。言葉とか。

話が逸れてきたのでこの辺で。

モチベーションの話。コミュニケーションの話。

組織のリーダーとなったり、中間管理職的だったり、コンサルタント的だったり、契約社員的だったり、アドバイザー的だったり、様々な立ち位置を経験する中でも、私の主な役割は、

(その時に)属している組織が、信頼溢れるコミュニケーションを結びながら、遊び心豊かなアウトプットを、実践的効果的に出すこと

なんじゃないかと思う。

その際、私は「モチベーション」という要素について殊更考えたり取り組んだことがない。

モチベーションは副産物であって、働きかける対象ではない気がする。私たちはいつでも100%フルパワーではいられないし、いる必要がない。ダラダラしたい時もあるし、イライラしちゃう時もある。それを「モチベーションが上がった下がった」という定規で測って、「そら、今数値が下がってきてるから上げよう!」と賞与システムやら福利厚生やら、コーチングやら、あの手この手でモチベーションメーターをぎゅんぎゅん人力で上げようとすることはエネルギーの浪費かもしれない。「上がんないもんは上がんないっすよ。先輩。」なのである。しかも、「モチベーションって一体なんなんっすか?俺はうまい飯を食べたいっす。」なのである。

モチベーションという1つの項目があるのではなく、モチベーションは1人の人間を構成する複数の要素の期待値の総和、みたいなもんじゃなかろうか。となれば、horizontalな見方をしないとモチベーションは語れない。

それよりも、常に色んなメーターが上がったり下がったりしている人間が寄り集まった時に、全体としてまるっとスムーズに流れる容れ物(組織)を作っていく方がいいんだろうな、というのが経験知。だからこそ、寄り集まる意味があるんでしょ!誰かが下がって前線を退いたら、他のメンバーがカバーしていく。その間にモチベーション下がっちゃったメンバーはエネルギーチャージしてもらう。

あと、モチベーションは私たちの夢や方向性とリンクしているので、モチベーションが下がったということは、もしかしたら、もうその組織に属している根本的な意味が薄れていっているのかもしれない。そういう人のモチベーションを上げようとしたところで、双方にとってプラスはあまりない。その人が次のステップへ向かえるような、別の形のサポートをするのがいいと思う。

モチベーションを間接的に上げていくために必要なのは、自分とそれぞれメンバーとの信頼関係構築に尽きる。でも、他人とばっかり信頼を築こうとしても、その橋は一生出来上がらない。まず最初に、自分自身を受け入れ(愛し)、自信を持ち、信頼してあげること。なぜならば、私たちは自分の中で認められないこと、弱み、自信のないことを、他者にも投影してコミュニケーションするから。勝手に「そうだと」思い込んだ言動が積み重なり、複雑化していく。

他者とのコミュニケーションは、自己とのミスコミュニケーションの延長線上。

だから、自分への愛と信頼に基づいた、他者への愛情と信頼のコミュニケーションが大事となる。

毎日の積み重ねのコミュニケーションプロセスがあれば、その人のニーズがわかり、SWOT分析ができ、キャリアプランニングも見えて来るし、実践的なパフォーマンスも上がる。その背後では、モチベーションという横断的なものがぶわーっと上がっているのだろう。

さらに、各メンバーの強み弱み、性格、好き嫌いがわかると、どんな役割についてもらい、どんな人とチームを作ってもらい、全体としてどんな組織にしていくかが視覚化できるようになる。良い塩梅の組織構造ができると、体臭のような組織文化は自ずと良いものに醸成されていくので、よってモチベーションもまた上がる。

TEDxTokyoの組織論的舞台裏

TEDxTokyo という得体の知れないもの。

そのチームを繋ぐkey roleをしている得たいの知れないワタシ。

実のところ、自分がTEDxTokyoに関わるようになったのは、TEDを知っていたからでも、TEDtalksに感銘を受けていたからでもない。そもそも私が最初に出会ったのは、TEDxTokyo Co-founder の Toddと、まだまったく形がなかったTEDxTokyoという概念だった。それから、「母体がアメリカ西海岸発祥のTEDってものなんだよ。」と彼に教えてもらった。

じゃあ、どうしてTEDxTokyoをやることになったのかというと、純粋に「組織論の実験場」になる♪(* ̄ー ̄)v!!!という思いからだった。なんとも応用(人文)科学系院生活終了間もなかった(と言っても1年経過していたけど)人らしい発想。

以前ブログにも書いたように、私は、現行の西洋哲学に裏打ちされたパラダイムから端を発する「組織学」とは違った組織論がすでに展開されつつあると感じていたし、さらに押し進めた新しい形の組織を創ってみたいという欲求があった。「TEDxTokyoでそれが試せる!」というシグナルが、私をそこに飛び込ませた。

Toddとの出会いから1ヶ月後、当時スタンフォードより日本の大学にteaching exchangeで滞在していたカーラと一緒に、チームをスクラッチから作っていくという任務を遂行することとなった。Toddの家にあった何千という名刺の山と、彼がコツコツと貯めたプロフィールデータを1つ1つ整理し始め、連絡を取り、小さいイベントを開催し、徐々に黎明期コアチームを築いていった。それから2年半。私のTEDxTokyoチームデザインとコミュニティビルディングは終らない。

なんと言っても、十人十色な個々人が集まってボランティアベースでチームを作るのは大変。しかも、TEDxTokyoという蜜に吸い寄せられる蜂や蝶は一筋縄ではいかないキャラ立ち揃い。この人たちと信頼関係を築き(人間的にも能力的にも)、彼らの声を丹念に聴き、そしてリーダーとして声を発し(私はリーダーでもないんだけど、リーダーシップは発揮してる。リーダーという「人」と、リーダーシップという「能力を発揮する人」は別ものなんだと思う。)、それに耳を傾けてもらえるようになるには、love and care and persistence が必要。

具体的にどんなスキルセットが必要か、最近見えてきたので領域別に書いてみると、

  • 愛と信頼を育むコミュニケーション力
  • 組織デザイン力
  • 人のマネージメント力
  • 人の育成力
  • プロジェクト/タスク・マネージメント力
  • プロジェクト・ファシリテーション力
って感じでしょうか。

上記をさらにブレークダウンすることができるけど、それは次回に置いておく。

多くのリーダーに不足しているのは組織デザイン力。不足しているというより、そもそもその視点がないので、competency を伸ばしようがない。

Beware! なのは、プロジェクト・マネージメント力とヒューマンリソースマネージメント力はまったく違ったものだということ。前者ができると後者もできると思い込みがちだが、後者が抜け落ちている場合が少なくない。契約に基づき、明確な役職、責任、インセンティブが設定されている従来の組織であれば、プロマネ力だけでも力技で進んだりするんだけど、ボランティアベースで繋がり方がまったく違う組織内では、この両方を併せもっていることが特に大事で、片方だけが得意な人がリーダーになる場合は、別の人とツートップにして補完すること。あるいは、ヒューマンリソースマネージメント系を組織横断的に見ていくチームを別個作る(多くの会社組織はこれ)。ただ、ボランティアベースの場合にこのやり方をすると、組織が拡大すればするほど重荷になってしまうから、うまいハイブリッドポイントを見つける必要あり。

もう1つ鍵になるのは、マネージメント力(中央管理/監督)とファシリテーション力(自治を与えてエンパワメント)の二刀流であること。前者だけだとガチガチの組織風土になって結局コーポレートの二の舞になり、「じゃあなんでボランティアなの?」みたいなそもそも論になるし、後者だけだと、よくある情熱ありきで物事決まらない進まないの大混乱になる。TEDxTokyo に集まる人は基本、超高速なので、スピーディーかつリズミカルに結果を出していくプロセスデザインをしないと中だるみになる。あとは、アウトプット量が莫大なので速くないと追いつかないってのがそもそもある。今更言うまでもないけど、どんなものを生み出す(製造/生成)組織かで、集まる人も変わるし、組織文化も変わっていく。

In any cases, リーダーに必要不可欠!なものとして絞り込むならば、

  • 愛と信頼を育むコミュニケーション力
  • 組織デザイン力
  • 人の育成力
  • プロジェクト・ファシリテーション力

の4つかな〜。

人のマネージメントと、プロジェクト/タスクマネージメントは、チームメンバーに任せていい。

リーダーは火や風っぽい人が主流だしパワフルだけど、水や土っぽい人もいい気がするんだよねー。(すごい抽象論に一気にすっ飛びました。)全部の要素があればベストだけど、これからは後者のニーズが増えるのでは。

話を戻して、忘れてはならないこと。

TEDxTokyoという得体の知れない組織が、得体の知れないアウトプットを世に送り出し成功し出している秘訣は、TEDのプラットフォームとそこが提供するプログラムをうまい具合に有効活用してること。揺るがぬ哲学と世界観がある。TEDx ライセンサーは、そこを創る必要はもうない。(これが足枷になることもあるが。)

TEDにとっても、TEDxというスキームがなければ自らの哲学を実践に落とし込むことができないので、見事な相互依存ができている。TEDx 組織はTEDに依っているし、その逆もまた然り。自然の生態系に見られる共生によく似ている。これがTEDという新しい組織モデルの旨味。(注:TEDの組織モデルと、各TEDx の組織モデルは共通点はあるがまったく異なるもの。TEDは材料の一部と足場を用意してくれているけれど、実際に土を掘り起こし、土台を固め、設計図を引き、組み立てていくのはローカルのTEDx のリーダーの理念に依る。TEDは木の幹であり、枝葉がどのような形でどのようにして伸びていくかは太陽や水任せ、という感じ。)

そして、TEDxTokyoの成功の一翼は、明確なリーダー、Co-founders の Todd & Patrick の存在。なにより、彼等は信頼され愛されている。ここが1番大事。「まー、しょーがねーからついてってやるか!」と「うわ、この人まじヤヴァイ、やっぱすげーな!」を両方味わえる旨味度が高いリーダー。ちなみにPatrickは火と風を両方持ってて、それだけでも素晴らしいのだけど(普通は火だけとか風だけ)、Toddが土っぽいので絶妙なカップリング。たまに、火が燃え移って地面も火柱上げてるけど(笑)。そこに今度は風が吹いて、火が消し止められる。

これからの組織は、誰でもがリーダーシップを取るエンパワメント型、組織構造はネットワーク型で、collaborative なやり方がますますトレンドになる。しかし、それでも大きなビジョンを打ち出す/まとめるリーダーシップは要る。テントを立てるには、どんな形にしろ、ポールの本数や力点の数は変われど、支点が肝になる。支点って、どっか上の方に飛び出てるもんじゃないんだよね。リーダーも一緒。前に出て引っぱっているだけがリーダーではない。力学の問題と組織論は似ているかもしれない。

セクシャリティー、センシュアリティー、そしてインド。

明けました2月。

前のブログエントリーにも書いたのだけど、私が創っている「コミュニケーション・プロセス・デザイン」という概念/アプローチの根底には、ビジネスとかプライベートとか政治とか教育とか医療とか、子供とか大人とか、人間とか動物とか植物とか、私たちの認知が生み出す境界線を取っ払ったところで、生きとして生けるものとしてコミュニケーションの本質を捉えたい欲求がある。

愛情と信頼ある関係性を築くためのコミュニケーションをしましょ、ってこと。

愛情は自分へ向けて。

周りの存在へ向けて。

でもそれは机上の空論ではなく、行動に落とし込める実践哲学。

だから、ビジネスの文脈で翻訳コンニャクなら、組織変革のコンサルティングになったり、グローバルリーダーシップの話になったり、イノベーション創出の場作りになったり、おもしろ人材育成トレーニングになったりする。

教育の文脈に翻訳コンニャクならば、大学生にプロジェクトマネージメントって何よって一緒に考えたり、小学校の先生にグラフィックファシリテーション教えたり、子供と一緒にガラス窓に絵を描いたりする。

個人のライフスタイルの文脈に翻訳コンニャクなら、キャリアチェンジのコーチングになったり、米MBA合格に向けて「俺って何者?」的英論文をサポートしたり、体と頭と心をシンクさせてあげるお手伝いをしたりする。

それ以外のたくさんの場面でも翻訳コンニャクを使う。

愛情と信頼を生み出すコミュニケーションをするための基盤には、「セクシャリティー」と「死生観」としっかり向き合うことが不可欠だという結論に今のところ達しているので、この2つのテーマにゆるっと切り込んでいきたい2011年。

本当は「センシュアリティー」という言葉を使いたいのだが、カタカナ語として聞き慣れないからセクシャリティーにしている。もっと本当を言うと、カタカナ語も撤廃したいので「何かないもんかねー」と思っていたら、昨日、尊敬する方とランチをご一緒した時に彼の口からこぼれ出てきた。

「教育って色っぽくて魅力ある人間を育てることと言い換えることもできるよね。」

ああーーーっ、それそれ!!

誰でも魅力ある人になりたいし、誰でも魅力ある人と一緒に時間を過ごしたい。会社の上司でも、バカやる仲間でも、恋をする相手でも。そして親になれば、子供に魅力ある人に育って欲しいと多かれ少なかれ感じるのでは。

私たち日本人の馴染みある場所で、ビジネスリーダーに対して「色っぽい」という表現を使うことはまずない。女性リーダーに対してであればジェンダー問題も出てくるからなおさらのこと。

組織学の中のリーダーシップ論で、フェミニズムの寵児であった女性2人の学者が “Leadership” という言語を脱構築していく論文を読んだことがある。ポジティブな意味合いで利用されるリーダーシップ”Leadership” という単語と、ネガティブな意味を含みやすい女性を揶揄するセダクティブ(魅惑的な、誘惑する)”Seductive” という単語。実は、辞書内の定義や2つの単語が使われている様々な文章を比較すると、両単語の持っている性質は驚くほど同じ。単語を入れ替えて文章を読んでも意味が通じるくらいなのだ。

言語的な意味合いは同じであるにもかかわらず、リーダーシップは好意的に、セダクティブは否定的に解釈されるのは男性優位な社会構造の影響に他ならない、という論旨。

これがニュートラルに受け取られてるのがフランス。色っぽさ、艶っぽさを性的な意味としてだけではなく、性別関係ない人間の魅力として捉えている。というより、性的な魅力が社会的にタブー視されていず、ビジネス、政治、文化などの分野に関係なく、普通に1つの魅力要素として見なされているらしい。”sensualite”  という単語だそう。

やっぱ、センシュアリティーって言葉の方が私が言いたいことにしっくりくるなぁ。それを日本語化すると「色っぽさと魅力」になるのだなぁ。誤解されやすい響きだけども。

色っぽさ、魅力が漂ってくる人間になるには、セクシャリティー/センシュアリティーと死生観の構築が大事。

このポイントと関連があるね、と彼と話して盛り上がったのが、私たちの中にある心理学的な女性性と男性性。双方のバランスが取れている人、女性性を受け止め表現できている男性と、男性性を受け止め表現できている女性は優れたリーダーですよね!という体験談。

自分の性的なニーズを満たすためには、女性性と男性性を両方活性化させなくちゃいけない。それができている人は個としての自尊心と自信が生まれ、自己へ溢れる愛情を注げ、最終的には「自分」とか「他人」というアイデンティティみたいなものから解き放れた段階に進む。

ユング心理学、人間性心理学、社会構築主義、脱構築、組織論、リーダーシップ、教育、セクソロジー、コミュニケーション。大学時代から辿ってきた色々な分野がネットワークになってきてるわ。

そして、昨日のランチでもう1つ示唆的な言葉をいただいたので最後に記しておく。

「女性性と男性性の秘密はインドにあるかも。」

2週間後にはデリーだ。

原点回帰

コミュニケーションプロセスデザイナーなどと、何だか捉え所のない仕事をでっち上げてやっていると、「それって何なんですか?」「それで将来は何をしたいんですか?」 「どうしてそれをやろうと思ったんですか?」と訊かれます。

「直観だからよくわかりません。」

「言葉では説明できないんです。」

「積み重ねてきたもので、大きなきっかけは特にありませんでした。」

というのは常套手段な模範回答。まったくその通りだから、私もこう答えることはしょっちゅう。でも一方で、質問を受けるとやっぱり考えるようになります。

それに、せっかく関心をもって聞いてくれた人にできるだけわかってもらえればと思うので言葉にしようとします。自分を観察し、内省し、考え、 感じ、誰かに話してみたり1人でノートに書いてみたり。「ここ (自分の胸に手を当てて)にあるものは何なのか?」を探ってきました。

で、ここ最近わかったことは、コミュニケーションプロセスデザインの根源とは『愛』と『信頼』です!

え?!考え抜いて抽象論かよ?と突っ込まれそうですが、愛と信頼って実践論でもあるんだよね。人間が生きてくために。

どうやって愛を育むか、どうやって信頼関係を築くかという、年齢も性別も職業も肩書きも産業も国籍も民族も関係ない(つまり、どんな場面でも必要になる)コミュニケーションの核を伝える職業?役目?

それが私の思い描くもの。

コミュニケーションプロセスデザイナーを拡張させるべく、今年やりたいと思っている新しい試みの2つ。

  1. 愛する人を失った死を感じ、蓋を閉めてしまった感情を表現するための場。
  2. 自己のセクシャリティに正直に向き合い、パートナーと素直に楽しいsensual relationshipを持つための場。

これを友人に話したら、「生き物の始まりと終わりのことをやりたいんだね」と言われました。

そういやそうだ。

人間含め、生命は生殖によって誕生し、死をもってその肉体は朽ちていきます。

私は、1人1人が死生観とセクシャリティをしっかり育くむことが、あらゆる場面でのコミュニケーションがうまく回る隠し味だと思っています。上司が部下に対して、母親が子供に対して、男の子が彼女に対して、女の子が同性に対して、若者がご老人に対して。

根っこと茎と葉っぱとお花が繋がっているように、私たちの生(性) と死へのまなざしは、毎日の行い(=コミュニケーション)とそこから紡がれる関係性に繋がっていくのではないでしょうか。

Return to the source.

キーワードは「触れる」

2011年。

また1つ新しい年を迎えました。どうぞよろしくお願いいたします。

2月は旧暦新年、4月は年度の始め、7月末はマヤ暦の始め、9月はアメリカでの年度始めなので気持ちを新たにする時期って一年に何度もあるんだけど、西暦の1月1日は世界中の多くの地域で共有しているものだし、小さい頃から馴染んでいるから大事な習わしだなぁ。

私は1979年11月生まれなので数えで33歳になりました。(生まれた時点で1歳で、1980年1月1日ですぐ2歳になるから。)本厄、しかも大厄なるものらしい。厄に科学的な根拠はないと言うけれど、「だいたいこの年齢になると体にガタが来るのよね〜。」という事実の観察に基づいた東洋的統計学なのだと思う。「いや、データなんてとってないけどさ、だってそうじゃん?」というような。人間の自然な成長(=老い)や、社会的立場の変化が影響して、多くの人が心身の変化を経験するのだと。なので、大厄だからと恐れるのではなく、暴風波浪警報的に受け取っていきます。気をつけはするけど毎日びくびく過ごせないし、どんなに事前に対策取ってても結局来ちゃったらそれまでだもんね、ははは。

去年は気や血の巡りが悪かったのかたまに体調が下り坂になったものの、風邪など目立った病気には一度もかからず元気に過ごせたので、今年はもうワンランクアップ元気にいきたいと思います。

今年はCommuniation Process Designerって何なの?ってところの、2009年、2010年でまだ出してなかった引き出しをジャカジャカ開けていければなぁ。私の頭の中ではいい感じにCommunication Process Designerモデルが構築されてきてる。だけど、多面的ポリゴンだし聴覚的でもあるし、何より直観的(五感ですらない)なので、どうやって現実世界(他者がいるところ)に表出させるかがチャレンジ。そのためには言語化が必要になってくるのだよー。言語って言うと文字だけになっちゃうから、記号化、かな。絵や色や音も含まれる。建築士が頭の中にある建造物のイメージを設計図に落とし込むように、「自分」という設計図を引いていくことによって他者に伝えて行く。製図するために色んな術(the art)を習得する。それがコミュニケーション。

話し言葉のコミュニケーション、文字のコミュニケーション、色のコミュニケーション、形のコミュニケーション、音のコミュニケーション、間(ま)のコミュニケーション、身体のコミュニケーション、心のコミュニケーション、魂のコミュニケーション。

自分と誰かのコミュニケーション、文化/社会/経済組織におけるコミュニケーション、自分自身とのコミュニケーション、対面でのコミュニケーション、時空間あるいはアイデンティティをまたいだバーチャルコミュニケーション、民族文化や言語を越えたコミュニケーション。

人とのコミュニケーション、他の動物とのコミュニケーション、植物とのコミュニケーション、土や空気や水や光とのコミュニケーション、星や月や太陽とのコミュニケーション。

この文脈でコミュニケーションを日本語に直すと「触れる」かもしれない。「繋がり」ではない。すでに繋がってるから。繋がってるものものに「直接(もしくは比喩的にか)触れる」ことが私の中では大事。

さらに、Communication Process Designerとして、新しい組織論の実験、新しい経済モデルの実験(現行の経済学ではすでに語れないもの)を試みるための土台を創っている最中なのだけれども、ってことはCommuniation Process Designerというプロフェッショナルを育て、根付かせていくためには、これまでのビジネスで必要/有効であったセールス術、交渉術、ブランディング力、マーケティング力、戦略などは一切関係ないのだ、という至極単純当然なことに今朝の瞑想で気づきました。オペレートしている理論が違う(パラダイムが違う)わけだからね。

西洋哲学、心理学、そこから派生する組織心理学に魅了され、学び、実践してきているので、たまーーーーに「心理学はほにゃほにゃだから、それを使っている君は結局うんぬんかんぬん。」と批判を受けることもあるのだけど、私は心理学が醸成された土地柄とは根本的に違った「日本という世界観」から生まれてきているので、私なりの西洋心理学〜組織論の解釈+応用にしかならない。私がいいと思ってる組織心理学の部分しか使ってないしね(笑)。実際、大学院で行き着いた研究は、組織論の根源である機能主義を完全にひっくりかえすような、東洋/日本人的視点+ラディカルヒューマニズム(機能主義と対置されるパラダイムの1つ)から組織論を組み立て直すとか、西洋と東洋という二項対立からではすでに語れない「井口奈保」という視座を徹底的に素因数分解しながらオリジナルの組織論はどこに向かうのか試してみるという論文だったりする。

新年から話はまとまらないわけだが。。。

Communication Process Designer というものは、私の生き様そのものがブランディングになりセールスになり付加価値になること、なのかもしれないな。うむ。

ある意味アンパンマン。「僕の顔をお食べ!」

違うか。

もう1つ最近思ったのが、Communicationを多角的に捉えていく仕事だからこそ、結婚しても産休とっても「現場から退いてブランクができる」心配がまたーくないどころか、パートナーとの人間関係構築、愛情の育み方、出産、育児は究極の修行の場であり、コミュニケーション力に磨きがかかる絶好の機会でラッキー♪

今年も I will BE Communication Process Designer!

Visualize Your Process ワークショップ、またやります。

先月、土曜日の午後半日、机なんて取っ払っちゃって、体を動かして壁にも床にも自由に練習していくというスタイルでVisualize Your Prcess -グラフィックファシリテーション&beyond- ワークショップを行ないました。

来週11月10日(水)19時からは、Change The World (CTW) という会社とのコラボレーション企画で Visualize Your Process を開催します。CTW は日本社会に「創発」を生み出すイノベーターを育てて行くことをビジョンに、そのために必要な技術、知識、体験を多彩な講師陣を招いて提供しています。その名も、表参道アカデミー。

表参道アカデミーでの Visualize Your Process は、平日の夜3時間×3回の計9時間コース。グラフィック・ファシリテーションの基礎知識や、グラフィック・レコーディング(ファシリテーションしないでレコーダーとして徹する)の技術を教えるという根本的なところは揺るぎません。

違うところは、グラフィック・レコーディングをしている時に

  • どんな風に頭の中が動いているの?
  • どうやって情報を整理して、それを視覚的にデザインして、紙の上に落とし込んでるの?

という疑問をモジュールに分け、ステップバイステップで学んでいくスタイルにしました。

実際にグラフィック・レコーディングで使う「情報のレイアウト術」を試しながら、今現在の自分の人生にとって大事なこと、心にひっかかっていることをビジュアルマッピングしていきます。テクニックも学べるし、頭の中を少しクリアにしてあげられる、そんなワークショップです。

まだ残席があるのでお申し込みお待ちしています!

詳細はこちら→ 「表参道アカデミー Visualize Your Process -グラフィック・ファシリテーション&beyond-

「どうしてそれをやろうと思ったんですか?」

コミュニケーション・プロセス・デザイナーというものをやってます。

え?

他に同じようなことやってる人ですか?

私が勝手に作ったものなのでわかりません。

え?

ああ、ロールモデルとか、過去にこれっていう出来事とかないんですよね。

好きなことをずっとやってきたらこうなったって感じです。

私の仕事の話をすると、大抵こういった会話がなされる。そして必ず訊かれるのが

「どうしてそれをやろうと思ったんですか?」

ロールモデルはいない(尊敬する師匠、先輩はいるけど「この人みたいになりたい」と目指す存在はいない)。特別衝撃を与えたような出来事もない。育った環境もごく平凡。それじゃあ、今やっていることに私を導いたものって何なのか、興味を持つみたい。

組織心理学用語で説明すると、私の場合は intrinsic motivation の方が圧倒的に強い。内的動機と言うのかな。外的な要因 (extrinsic motivation) からではなく、自分の内から湧き出る想いに突き動かされること。外部から受けた影響は、自分の好きなこと、やりたい方向、思い描いているビジョンを確証し、後押ししてくれる副次的なものだなぁ。

じゃあ、intrinsic motivation の核たるものは何なんだろう?何度も自分の考えを言葉にしていく中で、明確になってきたものがあった。

まず根源にあるのは、人間という生き物への探究心。人それぞれの思考、感情、行動に興味があるのはもちろん。でもそれより、普遍的に人間って動物がどんなものなのか知りたい。探求するために最初に出会った具体的な方法論は心理学だった。心理学にのめり込んでいくうちに、この学問と自分が生まれ持った気質と能力がとてもよくフィットしていると実感し、自分の極めるべきは心理学だ!と直観。

精神分析学や精神力動学といった臨床心理学から始まった旅だけれども、人間の深層心理の病を治すというアプローチより、健康な人が健全な生を営むために確立された「第3の心理学」「人間性心理学」と呼ばれるものに可能性を見出すようになった。そこからさらに実際性を重視して、応用心理学の1つである「組織心理学」を修めることにした。

組織というのは一般的に、人が2人以上集まったものを言います(私は、人間個人も組織体という前提で組織心理学を学んできてるけど)。だからその射程範囲は無限大。長期的に機能していく(と考えられている)会社や学校だけが組織じゃない。カップルも組織だし家族も組織。一時的なグループも組織だし国家も組織。国連やEUのような国境をまたいだものも組織。人間は群れを作る習性のある動物なので、必ず組織は生まれる、と私は考えてます。

もう1つ、コミュニケーション・プロセス・デザイナーに辿り着くには不可欠な世界観がある。それは

「人間の活動はすべてコミュニケーションに集約される」

というもの。人は生まれる前の母体にいる時からコミュニケーションしてます。1歳頃から言葉を覚え、寝ても覚めても言語を巧みに操って夢を見たり、好きな子のこと考えたリ、勉強したり、商談を取り付けたり、新しい料理のメニューを考えたり。

集団を形成してコミュニケーションをしながら生きていく動物、人間。

これが私の世界観の枠組み。

そう、人間って動物なんだよ。

なのに、どうして生命維持活動である「食べる」行為をするために、やれ会社に行ってお金を稼いで銀行からお金を引き出してお店に行って食材を買わないといけないのだろう?他の動物はこんな複雑なことしてないのに。

どうして温かい場所で眠るという生命維持活動をするために、家を探して保証人を見つけて収入証明を提出して審査されて、、、って複雑な行程を経てからじゃないとダメなの?断られる危険性もあるってなんで?生きるためには温かいシェルターが必要なんだよ。

一夫一婦制って本当に人間という動物にあっているシステムなの?

国という組織体は人間が幸福に生きていくために適切なシステムなの?

こんなに複雑なプロセスを経なければ、いのちを支えていくことができないなんて、なんか回りくどくないか???

「じゃあ田舎に行って電気を使わずにすべてを自給自足で暮らします」と言うには私の脳内はinfectedされてるからw、原始に回帰するのではなく、現在の環境を踏まえた上での人間の次の進化の行く先にすごーーく興味があります。

資本主義の次の経済理論は何?

国家という形ではない新たな集団組織は一体どんななの?

既存の会社組織を中心とした働き方じゃない、もっと動物「人間」のいのちを育む働き方ってないの?

そもそも働かないと生きていけないって大前提を疑ってるし。誰が決めたのーー。

お金以外での交換システム(つまり契約に拠らない)だって機能するはず。

今ある恋愛の仕方や家族形成の仕方とは異なる方法でのライフスタイルってどんな風にデザインしていけるかな?

社会が生み出す決まりやタブーって、どこまでが人間存在に必須なの?セクシャリティーが罪や恥の対象になってるのって、社会文化的な人的操作が入ってやしない?

などなどなど。

こーゆーのを実験しているのが、コミュニケーション・プロセス・デザイナー。

TEDxTokyo yzのブレストでグラフィック・ファシリテーション

先週の水曜日に三田にあるTokyo International School (TEDxTokyo 共同創始者パトリックが創った学校)のお部屋を借りて、TEDxTokyo yz のアクションミーティングをやりました。

photo by Charlie, VYP

photo by tuitui, TEDxTokyo yz

アクションミーティングでは、せっかく多忙なメンバーが予定を合わせて集まる貴重な数時間なので、チームの実務作業も一緒にやってしまいます。話し合いだけで終始してしまいがちなミーティングを、行動を主眼としたものにしているから「アクション」ミーティング。お家に帰れば家族のこと、TEDxTokyo yz以外の活動のことがあるし、昼間は本職で忙しい。そんな中でTEDxTokyo yzのために時間を充ててるのがミーティングなわけだから、その時にタスクをじゃんじゃんこなしてっちゃえばいい!という話です。仲間がいる方が質問できるし、つい先送りしてしまう作業にも身が入ります。だから、凝縮した話し合いベースのミーティングを1時間ほどやった後に、各チームに別れて活動するというスタイルを取っています。ウェブを更新したり、スポンサーに向けての書類を作成したり、イベントに向けて備品リストを作成したり。何時間もミーティングしている場合は買い出し隊だけショッピングに出て行って、また後でミーティング場所に戻って来たりしてます。

photos by tuitui, TEDxTokyo yz

このアクションミーティングのもう一つの特徴は、新規メンバー候補に対する説明会も兼ねている点です。単に「TEDxTokyo yzとはこんなんであんなんです。質問ありますか?はい、じゃ、ここにメールアドレスの記入をお願いいたします。」だけではつまらないですし、一方通行。

チームに入ろうかどうしようか迷ってる人にわかりやすい形がいい。だから、yzチームにはどんな人がいて、どんな役割や作業があって、実際どんな風に活動しているかの断片を体験できるよう、初めての人にもアクションミーティングの後半部に参加してもらっています。言ってみれば「チームメンバー体験」かな。

今回、さらにもう一つの要素を加えてみました。「公開グラフィック・ファシリテーション生現場」です。

私はコミュニケーション・プロセス・デザイナーとして、コミュニケーションを言語/論理だけに納めず、非言語部分を最大限活かし、人間のポテンシャルを自由に解放することを日々考えていて、そういった世界観のもとでお仕事したり遊んだりしています。グラフィック・ファシリテーション(GF)はその中の一つの顕われ。

GFを日本で始めて1年弱、少しずつ関心を集めてきていて、「GFって何なの?」「どうやってやるの?」「何に役立つの?」という風に聞かれることが多々あります。GFを行なう時はクライアントの現場に入っているので、知りたい、学びたい、自分の会社にも使ってみたいと興味を抱いて下さる方々に公開することは難しい。でも、GFは生で見て体験してみてこそ、利点や価値に納得がいきます。だから、GF現場を見てもらう機会を作っていかねば、と考えていたところでした。10月23日に GF+beyond を学ぶワークショップ “Visualize Your Process” を開催することもあり、「そうだ!TEDxTokyo yz のアクションミーティングでGF使って、公開しちゃおう!」と思いつきました。

思いついたら即実行。Visualize Your Processチームと、TEDxTokyo yzチーム双方に話し、2つのまったく違ったプロジェクト/グループだったものを少しずつ混ぜていきながら、先週の「TEDxTokyo yz アクション公開GFミーティング」になったわけです。

photos by Charlie, VYP

TEDxTokyo yz のことを知りたくて来た「ソーシャルイノベーション」「ベンチャー」「TED」「デザイン」「起業」「環境ビジネス」「テクノロジ—」などの分野にいる人たちと、GFを見てみたくて来た「コーチ」「ファシリテーション」「コンサルティング」といった分野にいる人たち。他の場所では交差することのなかった人種が同じ部屋に集まり、なんだかよくわからない新しいコンセプトである「TEDxTokyo yz」と「グラフィック・ファシリテーション」を目の前にしている様子は、仕掛人としてとにかくワクワクする、素晴らしい空間でした!このチャレンジをしてみて本当によかった。

photo by tuitui, TEDxTokyo yz

TEDなんてよくわからんしどーでもいい人と、TEDxTokyo yz ver.1.0に参加して刺激受けまくりだった人が、同じ輪の中で、第2回TEDxTokyo yz にはどんなテーマがいいかのアイディアを出し合うフィッシュボールをする。たまにミーティングの進め方という「プロセス」について意見をする人がいたり。入り乱れ無差別級。

そんな不安定で先の見えない坩堝に陥ってしまいそうな危機を回避し、場をきちんとホールドしてくれたのはグラフィックファシリテーションという、50余名のはじめましてな人たちの意識を集めておく先、可視化された自分たちのアイディアの集積と、その繋がりを示した白い大きな紙があったからだなぁと思いました。

GFってその場で、みんなで作っていく地図みたい。私は測量師+地図製作者かな。

ワークショップのデザイン

先週木曜日に行なわれた green drinks へゲストスピーカーの1人として呼んでいただきました。テーマはこのブログエントリーと同じ「ワークショップのデザイン」。「ワークショップ的なデザインの仕方でプロジェクトを回す例」としてTEDxTokyoTEDxTokyo yz の “how” の部分をかいつまんで話しました。

モデレーターのYoshから事前にもらっていた質問は3つ。それに対して3つのグラフィックを描きました。

(1)コミュニケーションプロセスデザインって何ですか?

コミュニケーション、プロセス、デザインとは、

「自分のやりたいことを3つのキーワードで表現したらどうなる?」

と問われたら答えとなるエッセンスです。それを繋げて自分の職業名にしただけ。こういう分野や職業がもともとあったわけではなく、ロールモデルがいるわけでもなく。想い描くままにアイディアを形にしている段階です。仕事を始めた頃は、経験も何もない自分が「コミュニケーションプロセスデザイナー」と名乗る自信がありませんでしたし、言ったところでわかってもらえないだろうなぁという不安もあった。だから、「組織開発系コンサルタントです」とか「戦略人材育成やっています」とか「異文化コミュニケーションのトレーニングします」とか「キャリアカウンセリングしてます」とか、聴き手がわかる既存の言葉をとっかえひっかえ使って説明していました。

でも、4ヶ月くらいが経った時に

「言っちゃったもん勝ちじゃない?」

とはたと気づき、コミュニケーションプロセスデザイナーと名乗り出すようになりました。こちらが言ってしまえば、人は私のことをそう認識し、その道のプロとして扱うようになります。周りからの認識や期待に応じ、自我はそれに合わせて行動しようとするので、言ってみれば、自分の夢を叶えるために社会心理学的な他己像とアイデンティティーの関係性を逆手に取った感じです。

コミュニケーションプロセスデザイナーの詳細については別のエントリーで。

次の質問。

(2)いい空気が流れるプロジェクトメンバーを見つける秘訣は?

私がディレクターを務める TEDxTokyo、そして代表をしている TEDxTokyo yz は、「TED」というグローバルムーブメントになっている明確なブランドがあります。TEDからライセンスを取得した独立任意団体が TEDxTokyo および TEDxTokyo yz です。だから、TEDのことを知っていたり、TEDx に関わってみたいと考えている人という時点でマッチングの可能性が高い。自分たちと仲間としてやっていける人かどうかを見極めるのに、自分の組織(会社でもチームでもグループでも)のコンセプトやブランディングを明確に打ち出すことは重要です。その土壌があってこそ、その他の仕組み作りがスムーズにいきます。戦略は大きく3つ。

  1. 人的リソースを最大限活かす(例:信頼している人に「これぞ!」という人を推薦してもらう)
  2. 組織デザイン(例:求める人材を獲得するための適切なアンケートの作成;目指すものと一致した組織風土を維持;組織風土に合った日々の活動プロセスや意思決定方法を選択;これを常に振り返り、改善/調整していく)
  3. コミュニケーション力(例:メールベースで信頼を構築するための文字対話のスキル)

これについても、別途さらに詳しく書こうと思ってます。

最後の質問です。

(3)多様なメンバーを同じ目的に向かって前に進めるにはどうしたらいい?

氷山のモデルを拝借してみました。人間が意識している部分は海面に出ている氷山の一角のようにほんの少しで、氷山のほとんどが海中に隠れているように、無意識と言われる茫洋たる領域があることを説明するモデルです。

これは組織デザインやワークショップデザインにも言えることだと思います。「私たちチームのビジョンはほにゃほにゃです」「今年のうちの会社の目標ははにゃはにゃです」と明文化されたものは意識の上にあるので氷山の見えてる部分。

次にそれらを達成するために起こしている実際のアクションがありますが、それは海面と海中両方にまたがります。つまり、意識できている部分もあるし、無意識になってしまっている行動もたくさんある。

そして、組織に所属するメンバー1人1人のニーズがあります。ここが一番意識されにくい。チームやグループの結成当初は、志を同じくして集まったと信じる人たちですが、いざ目標に向かってタスクを毎日こなすようになると、その方法論の違い、目標をどう解釈するかの違い、目標に対する情熱の違いなどが明るみになります。メンバー個々人がそれぞれ満足し、得たいと願うものを獲得しながら一つの組織としてのビジョンも追いかけていくには、日常的に微調整を図っていくことが不可欠。私のやり方は、細やかなコミュニケーションを取り続けることに尽きます。

これら3つのポイントは、ワークショップという一見「単発」のもの(長くても3〜7日間)をデザインするのにも共通して言えることです。

  • 何を目的としたワークショップで、
  • 誰に参加して欲しいかというコンセプトを明確にし、
  • 参加して欲しい人にちゃんとアピールするようなブランディングをし、
  • 参加者ターゲット層と、達成したい目的に沿ってプログラム全体の流れをデザインします。「ストーリー作り」をしましょう。
  • 徐々に細部に目を向けて、目標着地点に降りられるような最適なメソッドを選んでいきます。(体を動かすアイスブレーカー?ペアワークがいい?自然に出て行く?ワールドカフェ?フューチャーサーチ?独自のを作る?)
  • ワークショップをデザインするファシリテーター側の意図と、参加者の期待値を意識しながら、双方のニーズが満たされるようにします。双方が一致していなくても、2重の意味づけができるようにデザインすれば大丈夫。
  • ワークショップ当日に参加者の反応を観察し、その場に生まれ出る空気に合わせて変更/修正ができるように「余白」を残したプログラムにします。

ワークショップをデザインするのに、複数の人間が集まって何かをする時に一体どんなことが起こりうるか、人間の反応や組織の発達段階についての基礎知識を持っていると、とても助けになります。理論だけじゃどうにもならないのだけど、現場を見ていて不思議に思った人たちが研究して理論が生まれるので、現場にいる人たちは学者が作ってくれた知識をまた現場に戻して活用してあげるのが大事と思います。組織論や社会心理学、臨床心理学、文化人類学などを応用する場がワークショップデザイン!