組織論 再考 Organization is to die.

最初のエントリーはどんな内容にしようかいくつか迷ったけれど、私の専門「組織心理学」の大黒柱とでも言うべきOragnizaion Theoryについて院生時代から考えていたことを記してみまふ。

昨年、twitterで組織論に関する考察をツダったのでまずはそれを紹介。

  • 新しい組織論を構築する上で、その上位部分を形成する経済理論を見直すことは不可欠。院生時代に資本主義の次のイデオロギーを考えてる学者はいないか尋ねたら、教授はコミュニズムから資本主義 をスキップして次にいこうとしている中国の経済学者はマルクスを読み直していると言っていた。中国語わかる組織論、組織心理学やってる人いないかねぇ。
  • 「経済成長をしなければならない」という命題は真なのか?この前提から考え直さねばならない。これは「組織は拡大成長し続けなければならない」という前提も同様だ。

これらの発言の裏にある私の問題提起は「現行の組織論への違和感」。組織論の根底には「機能主義」というパラダイムが脈々と流れています。例えば18、9世紀の哲学者、コント、カント、ヘーゲル、ディルタイ、ミード、ウェーバーなど。

機能主義というのは、「社会」という箱のなかで、人間が起こす多様な事象がパズルのピースのようにかちっとはまって相互に影響し合ってる様や、どんな風に個々のパズルピースとしての役割を担っているかを分析するもの。

別の言い方をすると、社会ってのは人間が客観的に捉えられるもの、「外」に「対象物」としてれっきとしてドーーーンと存在しているよね、という世界観。禅仏教や脱構築などとは鮮やかなコントラストを奏でる理論。

組織心理学の前身である「サイエンティフィック・マネージメント」の祖と言われるフレデリック・テイラーは、1つの製品を作り上げるための様々な行程作業を緻密に分析し、以前は統一されていなかった労働者の仕事に作業内容、労働時間、クオリティーなどの標準を設定し、上から管理することによって作業効率をあげていくというシステムを導入しました。

機能主義に根ざした組織論の大前提は「組織というのは時間と共に拡大し、また、競争の中で生き延びていかなければならない」。これは組織論ができた資本主義最盛期の20世紀は有効な価値観だったでしょう。でも、今、実際に世の中で起こっていることは、チームベース/プロジェクトベースの仕事の仕方だったり、テクノロジーを駆使して地理的/時間的距離を縮め、国や文化を越えたところでビジネスが生まれていたり、ソーシャルメディアの躍進による個人の台頭であったりで、これまでの巨大な組織がその目的遂行のために集団を管理していくという形からは離れていっており、より多くの点が線で縦横無尽に結ばれていくネットワーク型の組織体系が増えつつあります。成功例かどうかはまだ実験段階でわかりませんが、EUだってその例。国家のボーダーを越えて経済的、社会的リソースを運搬、共有し合っている。

チームベース/プロジェクトベースの働き方という点で言えば、プロジェクトが終わったら契約は終わり、そのチームは解散、自分の仕事も終わります。つまり、半永久的に規模を拡大し生き残っていかなければならないという、組織論がこれまで疑問視してこなかった命題は揺らぎ始めている。

そこで私がでっち上げた新しい組織論は「組織は死んでもいい」。別に社員数が数百人、数千人にならなくたって、店舗数増やさなくたって、自社ビル持たなくたって、上場しなくたって、目的が終わったら「会社は今日で終了です!」とか言っちゃう企業ができてもいいじゃないか。

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