TEDxTokyo yzのブレストでグラフィック・ファシリテーション

先週の水曜日に三田にあるTokyo International School (TEDxTokyo 共同創始者パトリックが創った学校)のお部屋を借りて、TEDxTokyo yz のアクションミーティングをやりました。

photo by Charlie, VYP

photo by tuitui, TEDxTokyo yz

アクションミーティングでは、せっかく多忙なメンバーが予定を合わせて集まる貴重な数時間なので、チームの実務作業も一緒にやってしまいます。話し合いだけで終始してしまいがちなミーティングを、行動を主眼としたものにしているから「アクション」ミーティング。お家に帰れば家族のこと、TEDxTokyo yz以外の活動のことがあるし、昼間は本職で忙しい。そんな中でTEDxTokyo yzのために時間を充ててるのがミーティングなわけだから、その時にタスクをじゃんじゃんこなしてっちゃえばいい!という話です。仲間がいる方が質問できるし、つい先送りしてしまう作業にも身が入ります。だから、凝縮した話し合いベースのミーティングを1時間ほどやった後に、各チームに別れて活動するというスタイルを取っています。ウェブを更新したり、スポンサーに向けての書類を作成したり、イベントに向けて備品リストを作成したり。何時間もミーティングしている場合は買い出し隊だけショッピングに出て行って、また後でミーティング場所に戻って来たりしてます。

photos by tuitui, TEDxTokyo yz

このアクションミーティングのもう一つの特徴は、新規メンバー候補に対する説明会も兼ねている点です。単に「TEDxTokyo yzとはこんなんであんなんです。質問ありますか?はい、じゃ、ここにメールアドレスの記入をお願いいたします。」だけではつまらないですし、一方通行。

チームに入ろうかどうしようか迷ってる人にわかりやすい形がいい。だから、yzチームにはどんな人がいて、どんな役割や作業があって、実際どんな風に活動しているかの断片を体験できるよう、初めての人にもアクションミーティングの後半部に参加してもらっています。言ってみれば「チームメンバー体験」かな。

今回、さらにもう一つの要素を加えてみました。「公開グラフィック・ファシリテーション生現場」です。

私はコミュニケーション・プロセス・デザイナーとして、コミュニケーションを言語/論理だけに納めず、非言語部分を最大限活かし、人間のポテンシャルを自由に解放することを日々考えていて、そういった世界観のもとでお仕事したり遊んだりしています。グラフィック・ファシリテーション(GF)はその中の一つの顕われ。

GFを日本で始めて1年弱、少しずつ関心を集めてきていて、「GFって何なの?」「どうやってやるの?」「何に役立つの?」という風に聞かれることが多々あります。GFを行なう時はクライアントの現場に入っているので、知りたい、学びたい、自分の会社にも使ってみたいと興味を抱いて下さる方々に公開することは難しい。でも、GFは生で見て体験してみてこそ、利点や価値に納得がいきます。だから、GF現場を見てもらう機会を作っていかねば、と考えていたところでした。10月23日に GF+beyond を学ぶワークショップ “Visualize Your Process” を開催することもあり、「そうだ!TEDxTokyo yz のアクションミーティングでGF使って、公開しちゃおう!」と思いつきました。

思いついたら即実行。Visualize Your Processチームと、TEDxTokyo yzチーム双方に話し、2つのまったく違ったプロジェクト/グループだったものを少しずつ混ぜていきながら、先週の「TEDxTokyo yz アクション公開GFミーティング」になったわけです。

photos by Charlie, VYP

TEDxTokyo yz のことを知りたくて来た「ソーシャルイノベーション」「ベンチャー」「TED」「デザイン」「起業」「環境ビジネス」「テクノロジ—」などの分野にいる人たちと、GFを見てみたくて来た「コーチ」「ファシリテーション」「コンサルティング」といった分野にいる人たち。他の場所では交差することのなかった人種が同じ部屋に集まり、なんだかよくわからない新しいコンセプトである「TEDxTokyo yz」と「グラフィック・ファシリテーション」を目の前にしている様子は、仕掛人としてとにかくワクワクする、素晴らしい空間でした!このチャレンジをしてみて本当によかった。

photo by tuitui, TEDxTokyo yz

TEDなんてよくわからんしどーでもいい人と、TEDxTokyo yz ver.1.0に参加して刺激受けまくりだった人が、同じ輪の中で、第2回TEDxTokyo yz にはどんなテーマがいいかのアイディアを出し合うフィッシュボールをする。たまにミーティングの進め方という「プロセス」について意見をする人がいたり。入り乱れ無差別級。

そんな不安定で先の見えない坩堝に陥ってしまいそうな危機を回避し、場をきちんとホールドしてくれたのはグラフィックファシリテーションという、50余名のはじめましてな人たちの意識を集めておく先、可視化された自分たちのアイディアの集積と、その繋がりを示した白い大きな紙があったからだなぁと思いました。

GFってその場で、みんなで作っていく地図みたい。私は測量師+地図製作者かな。

ワークショップのデザイン

先週木曜日に行なわれた green drinks へゲストスピーカーの1人として呼んでいただきました。テーマはこのブログエントリーと同じ「ワークショップのデザイン」。「ワークショップ的なデザインの仕方でプロジェクトを回す例」としてTEDxTokyoTEDxTokyo yz の “how” の部分をかいつまんで話しました。

モデレーターのYoshから事前にもらっていた質問は3つ。それに対して3つのグラフィックを描きました。

(1)コミュニケーションプロセスデザインって何ですか?

コミュニケーション、プロセス、デザインとは、

「自分のやりたいことを3つのキーワードで表現したらどうなる?」

と問われたら答えとなるエッセンスです。それを繋げて自分の職業名にしただけ。こういう分野や職業がもともとあったわけではなく、ロールモデルがいるわけでもなく。想い描くままにアイディアを形にしている段階です。仕事を始めた頃は、経験も何もない自分が「コミュニケーションプロセスデザイナー」と名乗る自信がありませんでしたし、言ったところでわかってもらえないだろうなぁという不安もあった。だから、「組織開発系コンサルタントです」とか「戦略人材育成やっています」とか「異文化コミュニケーションのトレーニングします」とか「キャリアカウンセリングしてます」とか、聴き手がわかる既存の言葉をとっかえひっかえ使って説明していました。

でも、4ヶ月くらいが経った時に

「言っちゃったもん勝ちじゃない?」

とはたと気づき、コミュニケーションプロセスデザイナーと名乗り出すようになりました。こちらが言ってしまえば、人は私のことをそう認識し、その道のプロとして扱うようになります。周りからの認識や期待に応じ、自我はそれに合わせて行動しようとするので、言ってみれば、自分の夢を叶えるために社会心理学的な他己像とアイデンティティーの関係性を逆手に取った感じです。

コミュニケーションプロセスデザイナーの詳細については別のエントリーで。

次の質問。

(2)いい空気が流れるプロジェクトメンバーを見つける秘訣は?

私がディレクターを務める TEDxTokyo、そして代表をしている TEDxTokyo yz は、「TED」というグローバルムーブメントになっている明確なブランドがあります。TEDからライセンスを取得した独立任意団体が TEDxTokyo および TEDxTokyo yz です。だから、TEDのことを知っていたり、TEDx に関わってみたいと考えている人という時点でマッチングの可能性が高い。自分たちと仲間としてやっていける人かどうかを見極めるのに、自分の組織(会社でもチームでもグループでも)のコンセプトやブランディングを明確に打ち出すことは重要です。その土壌があってこそ、その他の仕組み作りがスムーズにいきます。戦略は大きく3つ。

  1. 人的リソースを最大限活かす(例:信頼している人に「これぞ!」という人を推薦してもらう)
  2. 組織デザイン(例:求める人材を獲得するための適切なアンケートの作成;目指すものと一致した組織風土を維持;組織風土に合った日々の活動プロセスや意思決定方法を選択;これを常に振り返り、改善/調整していく)
  3. コミュニケーション力(例:メールベースで信頼を構築するための文字対話のスキル)

これについても、別途さらに詳しく書こうと思ってます。

最後の質問です。

(3)多様なメンバーを同じ目的に向かって前に進めるにはどうしたらいい?

氷山のモデルを拝借してみました。人間が意識している部分は海面に出ている氷山の一角のようにほんの少しで、氷山のほとんどが海中に隠れているように、無意識と言われる茫洋たる領域があることを説明するモデルです。

これは組織デザインやワークショップデザインにも言えることだと思います。「私たちチームのビジョンはほにゃほにゃです」「今年のうちの会社の目標ははにゃはにゃです」と明文化されたものは意識の上にあるので氷山の見えてる部分。

次にそれらを達成するために起こしている実際のアクションがありますが、それは海面と海中両方にまたがります。つまり、意識できている部分もあるし、無意識になってしまっている行動もたくさんある。

そして、組織に所属するメンバー1人1人のニーズがあります。ここが一番意識されにくい。チームやグループの結成当初は、志を同じくして集まったと信じる人たちですが、いざ目標に向かってタスクを毎日こなすようになると、その方法論の違い、目標をどう解釈するかの違い、目標に対する情熱の違いなどが明るみになります。メンバー個々人がそれぞれ満足し、得たいと願うものを獲得しながら一つの組織としてのビジョンも追いかけていくには、日常的に微調整を図っていくことが不可欠。私のやり方は、細やかなコミュニケーションを取り続けることに尽きます。

これら3つのポイントは、ワークショップという一見「単発」のもの(長くても3〜7日間)をデザインするのにも共通して言えることです。

  • 何を目的としたワークショップで、
  • 誰に参加して欲しいかというコンセプトを明確にし、
  • 参加して欲しい人にちゃんとアピールするようなブランディングをし、
  • 参加者ターゲット層と、達成したい目的に沿ってプログラム全体の流れをデザインします。「ストーリー作り」をしましょう。
  • 徐々に細部に目を向けて、目標着地点に降りられるような最適なメソッドを選んでいきます。(体を動かすアイスブレーカー?ペアワークがいい?自然に出て行く?ワールドカフェ?フューチャーサーチ?独自のを作る?)
  • ワークショップをデザインするファシリテーター側の意図と、参加者の期待値を意識しながら、双方のニーズが満たされるようにします。双方が一致していなくても、2重の意味づけができるようにデザインすれば大丈夫。
  • ワークショップ当日に参加者の反応を観察し、その場に生まれ出る空気に合わせて変更/修正ができるように「余白」を残したプログラムにします。

ワークショップをデザインするのに、複数の人間が集まって何かをする時に一体どんなことが起こりうるか、人間の反応や組織の発達段階についての基礎知識を持っていると、とても助けになります。理論だけじゃどうにもならないのだけど、現場を見ていて不思議に思った人たちが研究して理論が生まれるので、現場にいる人たちは学者が作ってくれた知識をまた現場に戻して活用してあげるのが大事と思います。組織論や社会心理学、臨床心理学、文化人類学などを応用する場がワークショップデザイン!

フリーランスになったきっかけ

会社勤めの経験がないまま、学生からいきなりフリーランスになることは珍しいとよく言われます。どうしてこういう道を選んだのか、何が決め手になったのか、不安はなかったか、色々な質問を受けることが増えてきました。答えているうちに、いくつかの判断材料が見えてきたので書いてみることにします。

背景として、中高時代からずっと留学したいと思っていました。最初は大学在学中に1年交換留学と思ったけれど、いざ大学に入るとおもしろかったから、これを1年削るのはもったえないなと。日本の大学にいるからこそ得られる優位点は山ほどあったのでそれを満喫したいと思いました。さらに、大学3年になって徐々に自分の得意分野(心理学を使ったなにか)が見えてくると、学部生中に1年留学するだけでは自分が修めたい学問をすることは無理だと気づきます。じゃ、まずは4年きっちりやって卒業しちゃおう。

代わりに、就職活動期になって大学院留学の意志を固めました。主な動機は至極単純。

「大学で学んだことを直接使って食べていける仕事をしたい」

でした。

要は、好きなことだけして生きていきたかった。

そのためには、好きなことを追究しないといけない。仕事的な感じで言い換えれば、専門性を高めないといけない。専門性を高めるならば「好き」だけでなく、自分の生まれながらの性質に合っていて自然にできることがいい。それが私にとっては、心理学系のなにか、でした。

卒業後1年半ほどは日本でのらりくらりとし、それから渡米します。学校選びから院受験まで現地で行い、渡米後2年して大学院に入ります。修士とその後のトレーニングでさらに3年。計5年アメリカで過ごします。

日本への帰国は突然決まり、まっさらな状態でした。アメリカでの就業経験ゼロ。日本での社会人経験もゼロ。ネットワークはまるでなし。おまけに「そんな分野は日本にあるの?」と言われるような仕事だったので、一体どうやって働き始めるのか、雲を掴むようなもの。就職すべきかフリーランスでいくか、どちらも魅力的でどっちがいいのかさっぱりわからない。ヘッドハンターに会ったり、アメリカ時代のメンターに相談したり、親友や兄貴姉貴分たちの考えを聞いたり、模索が始まりました。当然アドバイスを与える側も「まずは組織に入らないと」という人と、「専門性を活かして自分で何かやった方がいいと思う」という2派に別れます。

なので、企業に就職する線とフリーランスで進む線の両方を同時並行で進めていきました。文字通り唯一のコンタクト(頼みの綱!)であった、院生時代に研究のためにインタビューした都内の小さなブティックコンサルティング会社に交渉してインターンシップを始めつつ、大手リクルーティング会社や個人ヘッドハンターと正攻法の就職活動をひたすらやっていきました。日系、外資、大手、中堅、ベンチャー含め、4ヶ月で30〜40社当たったと思う。リーマンショックの起こった2008年9月から就職活動始めたという強運の持ち主(笑)。いまさら考えてみれば、踏んだり蹴ったりだったのだなぁ。でも当時は、青天の霹靂のような人生の転換と、アメリカから日本という環境の変化のおかげで、ニュースから縁遠い生活を送っていて、そういう認識が欠如していた。逆にその鈍感さがよかったのなと思います。

4ヶ月経って最終面接までいった数社も採用をクローズし、「ふーむ。」と思って明けた2009年。とあるネットワーキングの会で、私がフリーランスの道をさくっと最終決定するきっかけが起こります。TEDxTokyo の共同創始者の1人、Todd Porterとの遭遇です。その時に彼と話した時間はおよそ10分。名刺を交換し、お互いが何をやっているか、それはそれは抽象的な話をし、「何か一緒にできるかもしれないね。」で終了。

でも、私の動物的嗅覚が働き、帰宅後すぐにメールして1週間後にランチミーティングをしました。さらに数日後には彼の家に集まり、TEDxTokyo の目指す大きなビジョンに向けてのブレインストーミングと、カンファレンスに向けてオペレーションチームを育てるというタスクに取りかかりました。

そして、就職活動をパタッとやめたという次第。

そこからは自然発生的に流れるままに、いただく仕事を受けて今に至ります。

人生のターニングポイントにおける決断は、直感に従う。これに尽きる!

ただ、その時の直観だけではなく、やはり過去から今、未来へと向かう時間という歴史的要素(=私の場合は中高時代から感じていたこと、考えていたこと)が現在、何かを判断したり決定する時の源になっていることは確か。直観は、自分の奥を脈々と流れる深い河を見つけ、どんどん上流へと遡ってその水源を発見することによって、研ぎすまされていくのかもしれません。

その他にも、より実際的な判断材料がいくつかあるので列挙。

  • 自分がどういう環境でもっともハイパフォーマンスになるか、条件を考える。

私にとってのハイパフォーマンスの定義は

  1. 第一に心身ともに健康
  2. 次にモチベーション高く
  3. チームプレーをしながら
  4. 求められる以上の成果を出す

もともと臨床心理に関心が高いような人間なので、人間関係には異常に敏感で、見なくてもいいものが見えたり、気にしなくていいことを気にしすぎる傾向があります。特に、自分と誰かの関係が悪いことより、自分の所属する組織やグループ内での他メンバー同士の不和や衝突が多大なストレスになります。周りを気にする小心者の側面があって、グループとしての調和をものすごく重要視する性格。そうなると、会社勤めってストレスの塊。やりたい仕事、すべき仕事以外の要らぬしがらみが多い組織体の中でハイパフォーマンスは無理だろうな、胃腸や精神を痛めて終る可能性大だな、と思いフリーランスを選択。

  • 自分と組織との関係性を捉える。

小さい頃から一つのグループに所属せず、複数グループを渡り歩く独り癖がありました。それは今でも変わらず、一つの組織に属することに執着がないし、逆に違和感さえ覚える。いろいろな組織に同時的に属し、それを繋げていくのが自然体。だから、プロジェクトベースで動いていくノマド・ワーキングスタイルがぴったりしていました。


  • 心と体のケア。どういう環境下だと健康を維持できるか。

いい仕事をする前に、生きていくのには健康第一。心と体を大事にするのは私の責任。だから、体調が良くない時に素直に「よくないので休みます」と言える環境を作ることが絶対条件でした。ちょっとお腹痛くなる度に「やすみまーす♪」と言うわけではないのでご安心を!そりゃーもちろん、激しく体が弱ってるのにやらなきゃいけないこともあります。でも、それをやり抜いた後に、数日寝込んで回復することが許される環境、というのでしょうか。


  • どんなライフスタイルをデザインしたいか

カリフォルニアのベイエリアという地域に5年住んで帰国したので、時間と空間に対する認識に大きな変化がありました。時間がかかっても空いてる普通電車、という風に。年齢を重ねる毎に体質の変化もありました。混んでる場所では人酔いするようになってたし、夕方4時以降にカフェインを摂取すると夜眠れないようになった。平均睡眠4時間がどれだけ続いても持っていた体は、今では8時間ほど欲するように。体はどんどん正直に、私に訴えかけるようになってきていました。それに、どうして東京ではこんなに就業時間が多くないと仕事が回らないのか不可思議で仕方なかった。たまの数ヶ月に激務ならいいけれど、東京の人は年がら年中忙しくて、平日の夜に会えるのは夜8〜9時過ぎ。遅いと10時以降!そのくせバケーションもほとんどない。

「なんで???」

意味がわからないことはしなーい!ということで、混んでる時間帯に電車に乗らずに済み、自宅のある逗子でのんびり仕事をすることが可能で、タイミングさえ見計らえばしっかりバケーションを取れる、そんなライフスタイルを創っていける在り方を選びました。

  • 3年後にどこにいたいか想像する

日本に帰国する時に「3年でまた海外に出る」と決めていました。なんとなく。ほんとーになんとなく。私が社会に出た年齢は29歳。大多数の同い年と7年のキャリアギャップがあります。それだけの実りを3年間に凝縮して、海外へのステップアップを図るには、組織に入ってしまうとなかなかハードル高いだろうなーということでフリーランス。一般的に、フリーランスの方が移動/転居の選択は自由ですしね。今でも2011年末から2012年のどこかで海外に行きたいと思っています。別に具体的な案は何もありません。

こんなところだろうか。

死生観を考えるワークショップをそのうちするよ。

土曜日はgreen drinks湘南に参加してきました。「green drinksって?」という人は

こちら

gd湘南のオーガナイザーの1人で、今回の会場となった平塚、宝善院のお坊さんである弓月くんとは、去年末に「R水素と仏教」というトークショーでご一緒させていただき、それから仲良くしています。3月末には成田山まで一緒に断食道場合宿に行ってきました。初挑戦だったので3日間しかやりませんでしたが、逆に3日目でやめるのが一番体にとってはきついんだって。実際、私は2日目、3日目と飢餓症状というものが出てギリギリを経験しました。今度は5日間やってみよっかなー。

と、今回はその話ではない。

土曜にgd湘南で「百字偈(ひゃくじのげ)」という菩薩様のお経の写経と、和綴じ製本を初体験してきました。

写経&和綴じ製本キット

できあがり

筆を握り文字を書くという行為とあまりにも長い歳月離れ過ぎていたため、体の変なところに力が入ってうまくバランスが取れず苦労しました。それに、難しい書き慣れない文字が多かったので、漢字の形を目で追ったり書き順に戸惑ったりと、瞑想とはほど遠い状態でした。呼吸と共に筆を下ろすということに、体が馴染み始めてテンションがうまく弛み出した頃に100字終了。茶道と同じで、まずは作法と所作を体が覚え込み、動きが無意識に出るようにならないと、自己と対峙するというところには行き着けないのだろうなと感じました。その後、針と糸で表紙を留めていき、手づくり経本が完成!

green drinksの最後は、お酒を飲みながら好きなことを語らいます。その時に弓月くんと話した私たちの野望(笑)について少し。

それは、日常において「死」と「生」に向き合い、自分の世界観はどのような骨組みになっているのか考えるスペースをワークショップを通して創っていくことです。弓月くんは職業柄、お葬式、法事と人の死とそれに関連する儀礼に立ち会うことがしょっちゅうあります。私は父の死によって、自分がそれまで信じて存在してきた世界観の崩壊を経験し、瓦礫の山から新しい世界を構築している、まさにその道すがらにあります。やっとこさ、瓦礫の下敷きになってたところから這い出して来た。父の死を受け止め、悲しみを表現するgrief processを進めてきています。

弓月くんと私はそれぞれ違う立場から「死=生」というものと日々触れています。だから、一見、日々の生活には関係ないような「死」という重々しいテーマを考え内面化していくことが、自分たちのなにげない1日の過ごし方に多大な影響を与えることを実感しています。どんな仕事をし、どんな伴侶を選び、どういったライフスタイルを作っていくかは、どんな風に生き、どんな風に死にたいかに直結していると思うのです。「死」の概念を問い直すことが、ポジティブに生に関わっていく原動力ともなる。

こんなことを安心、安全、居心地のいい空間で話していけるような活動をしていきたい。来年かなー。