続・家を探しています

家探しを始めてからおよそ10日。7月中旬に差し掛かるにあたり、「即、見つけなければ!」という危機感?がぐぐぐぃっと出てきた昨日の朝。家探しは友人知人にそのことを知らせて、情報が入ってきたら流してもらうのがベスト。とある友達に相談をしようと思いました。思い立ったが吉日、午後に会いに行きました。ベルリン来てすぐに会いたかったんだけど1ヶ月以上経ってしまい、やっと再会できました。

彼はAcci Babaというアーティスト。2010年6月の記念すべきTEDxTokyo yzキックオフイベントで、ベルリンからわざわざ来日してくれた。不思議な縁のある人。 https://www.youtube.com/watch?v=kXFn8xBHwn8

Skypeを介して2人でプレゼンテーション作りをしたな〜。馬場くんの奥さんは、私のことをまるで妹か娘のようにかわいがってくれてる友達の大親友。4月に日本で会った時「今のご近所さん(私の姉貴家族)と未来のご近所さん(馬場家)がいる〜♪」と喜んでいた私w

馬場くんの新オフィスでのんびりしてきました。自営業クリエイターが集まるシェアオフィス。ひろーーーくてキッチンもバスタブもあって、撮影したり作品作るスペースもあり、ベルリンらしい居心地よい空間でした。

オフィス仲間を紹介してもらいました。その中でちょこちょこうちらのところに来て会話に混ざって盛り上がったのは、ベルリン在住20年近くになるオーストラリア人。馬場くんが彼に私が部屋探ししていることを告げると、「今ぱっとは思いつかないけどFBメッセージでたまに回ってくることあるし、情報入ったら教えるね」と言って自分の部屋に戻って行った。

ちょっとして彼がうちらに向かって声高に「ルームメイト探している友達がいる!」と言ってきました!「2人から言われて5分後にFBメッセージきた。僕のすごい仲いい友達だよ。」

というわけで、FBでその人に繋げてもらいチャットを開始。そしたら、「今日、広告を出したばかりで家の内見は土曜日からなんだけど、今夜うちでBBQするからタイミング合えば来る?」と誘われたのです。オフィスがある場所からその家までわずか数駅。

「何時から何時まで?」

「今から2時頃(夜中)まで」

「行く!!!」

あれよあれよと家を見にいくことに。オフィスに遊びに行った最初のうちは馬場くんと2人で家探しの難しさ、苦労、流れやタイミング、相性の重要さを共感し合っていたばかりだったので、この展開の速さと面白さにみんな少し興奮気味。

家はとーーーーーーーーっても素敵なバルコニー付きペントハウス。家主さんとは仕事のフィールドが被る部分があって意気投合しました。家にも人にもしっくりきて、住みたいと感じられたのは今回が初めて。この家に住むことにならずとも、友達として仲良くしていきたいと思います。それだけでも大満足♪

かーなりしやわせ気分で帰宅してメールを開いたら、さらに6、7通部屋探しの返信がきていた!そのうち4通はスパムでなく、きちんと家の内見とインタビューを予定してくれているもの。普段だったら10通打って1通の返信、そのうち半分以上がスパムなのに、なんだ今日1日でこの打率!ついでに、別の友達もルームメイト探している人の情報をくれておりました。

なので今日、明日、明後日とさらに4軒見に行ってきます。

1つ前のエントリーで書いた部屋探しへの想い。ああいうスタンスにシフトすることができてから心が落ち着いてきて、そこへ昨日の「まじで部屋をすぐ見つけなきゃ!」という緊急の現実的ニーズが生まれ、んでもって会いたいと思っていた人に即行会いに行ったら、こういう風になった。Voila!

あと、部屋探しのメッセージ内容を少し変えたのが効果あったんだと思う。

いくらわけがわからないと言えど、素の私の文章を見て「いい」と感じて返信くれる人を望んでるから、日本でCommunication Process Designerという職業を自分で作ってやってきたこと、ベルリンに渡ってアーティストビザを申請し、生きる実験をアートとしてやっていくことは書いてました。そこはまったくいじってないんだけど、1行「アートファンドをもらってベルリンに来ている」と添えたんだよね。私がやっている暮らし実験は厳密にはfundとは違うかもしれないけど、見方によってはそうだし、文脈に合わせて相手が解釈しやすい言葉で説明していけばいいのかなと思っています。ルームメイトを探している人たちが求めているのは何より支払い能力。ベルリンでアーティストビザ申請中って書くと、=お金ない。になるのです。

この返信の劇的変化。あの1行が効いたんだな。

一方、夕べ見に行ったところの家主さんとの出会いはそのループとは違う、「人との繋がり」だけで出てきたもの。

偶然なのか何なのか、この日、馬場くんは6ヶ月間かけて制作していたアートワークを、私の目の前で完成させたのです!!!ラストピースの大きさや角度の微々たる調整に試行錯誤を重ねていた後に、「これは終るかも」という彼の言葉と共に接着され、ピタリとはまった。

さまざまなものが持ち、発し、影響し合っているエネルギーの戯れの妙を実感した1日でした。

形見

父が遺してくれたものってなんだろう?

 

あ、そうか。わたしだ。

 

というrealizationを得たのは、遠く離れた異国の地でだった。

 

1つの文化圏で形成された自我を破壊し、国や言語をまたいだ複数の文化を融合していくことで、化学反応が起き、浄化され、自らが新しい文化の源(culture)となる。その過程における大きなステップとして、ベルリンにやってきた。

生きたい生き方、過ごしたい時間の過ごし方に近づいていっている。

自分のsourceに近づいていっている。

ここまで辿り着けて、今、死んでも悔いはないなと思った。

気負うことはなく。

大げさな話ではなく。

死に対する恐れが抹消されたわけでもなく。

ただ、何気なく、通りのアイスクリーム屋さんに立ち寄るような気さくさで、

今、死んでも悔いはないと思った。

 

母や他の人のことを考えたらまだまだ死ねないけどね!

ピーマンの切り方を褒められた

先週まで行っていたヴィパサナ。瞑想コースが終了した後、お昼過ぎまでセンターに残りお掃除やお料理のお手伝いをしてきました。全く違う文化圏で1つ1つ勝手が分からない上に、何しろドイツ語が話せないので、私ができる仕事は非常に限られています。日本でどんな立場にいても、有能であったとしても、英語が話せる者同士ならば問題なく持っている力を発揮できるとしても、それ以外の場所に行ったら知的作業はどうにもなりません。できることはひたすら手足を動かすこと!

というわけで、サラダ用にKohlrabiという得体の知れない野菜とピーマンを切る役目を仰せつかりました。Kohlrabiはカブと大根とビーツの間のようなもので生でも食べられます。

Kohlrabi

 

ランチが始まると「ナホの切ったピーマンはすごく薄くスライスされてて美味しかった。上手ね!どうやって切ってたのか見ておけば良かった。」と褒められました。

言葉がわからなくても気持ちは通じ合える!というのは、ある側面では真理です。私も色々な場所を旅して実感しています。でも、「暮らし」「働く」場において言語ができないのは致命的で、一気に「あまり役に立たない人」に陥ります。そんな「陥る」経験を年を重ねてもたまにすることは非常に重要なんだと思います。己が本当は何を纏った人間なのかわかる。そして言葉がわからず役立たずな中でも何が自分にできるか探し、一生懸命それを果たそうとします。必死に言葉も覚えようとする。

ピーマン上手に切れてよかったな。

 

 

 

解放

年末年始は家におにぃが帰ってきています。今夜は葉山のお寿司屋さんにママンと3人でお夕食を食べに行きました。私の渡欧の件、昨年の春頃からママンには刷り込んできていました。秋にはおにぃに報告し「好きにしなさい。」と言ってくれました。

不思議なもので、1対1だと気張れば言えることが、同じ相手でも「皆揃って」になると言い辛くなることってあって。なんだろね。「公認の事実」のパワーすごし。

「よし、新年2日目だし改めて家族の前で渡欧のことを話そう!」と思い、ドキドキしながら言う機会を伺っていたら、ママンが予期せぬキラーパス。「ナホちゃんまた出てっちゃうのよ。」

いや〜、集団の利点は自分だけで気張らなくてもいいとこですね(笑)。全部1人でやろうとしなくても、相手が勝手にやってくれる時がある。そんなわけで、和やかに家族内の周知のこととなり、渡欧へ大きく大きく一歩近づきました!何と言っても、ただ1つの心配は、初めての1人暮らしになるママンと、とにかく色んなことをまるっと引き受けてくれてるおにぃだったからね。

ママン「すぐ帰ってくればいいのに〜。」

おにぃ「1、2年、楽しんだら帰ってきたらいいよ。」

という言葉にはホッとしたわぁ。行くことも、帰ってくることも異議無し。井口家は、各々の人生を相談することが皆無に近い。決断に反対することもない。

今夜、もう1つ大きな変化があった。父のことがおにぃの口から出た。葬式で棺桶の蓋を閉めている時に涙を少し流したのが、彼の唯一の父の死に対する反応だった。あれから4年と8ヶ月。家族3人で初めて父の話が出た。ほんの少しだったけど。

日本に帰国してからの日々は、父の死との葛藤だった。葛藤は、わたしを己と向き合わせた。対峙すると、生まれてから重ねた齢の分だけ蓄積された、心や記憶や体のあくなき探求へ導かれた。何度も何度も嘔吐のような脱皮を繰り返した。32歳の時、先天的なものと後天的なもの、両方合わせて自分が持っているすべてを引き受けられたと感じた。受精してから今までという「過去」に降服した。過去をすべて見渡すと、過去は今となり、もう過去を捉えたり、癒したりすることで今を感じようとせずに済むようになった。生まれつきのことや、幼い頃にたまたま与えられた環境や、過去の出来事と、現在の私の因果関係から解放された。あるのは今と未来と、それを支えてくれる過去。

父の死という現象からの解放と共に、32年間の自我からの解放が起こり、これから新たな地(知)(血)へ赴きます。

ヴィパサナ瞑想の質も変化してきました。これまでは、無意識層の身体に潜む過去を解きほぐしていく手術と治癒のプロセスだったのが、最近は、自分の死をきちんと取り扱うための「意識化の技」を身につけるためにやっています。死はわたしたちの未来です。未来に向かってする準備の瞑想。

意識のスペクトラム

という言葉はずいぶん昔にケン・ウィルバーの本で初めて知った。瞑想中に何が起こっているかというと、この意識のスペクトラムを行ったり来たりしているのだと思う。

これまで生きてきた過程で経験したこと、その時に沸き上がってきた感情の数々。記憶は脳に刻まれるように体にも刻まれる。通常は脳から指令がいって体が動くのだが、瞑想中は、身体から脳をアクティベートしているよう。脳と体のインタラクションが精緻になっていくにつれ、意識は明瞭ながらも揺らぎ、スペクトラムの深みへ深みへと降りていく。鮮明な視覚的聴覚的な記憶と共に、感情的なものや体の感覚が蘇ってくる。さながら退行催眠をしているように、唐突に無秩序に過去の記憶がフラッシュバックする。

そうしていると、「わたしの過去はこれこれこうだったから今こうなんだ」という精神分析学的な問題把握と解決が起きるし、「こういう状況に陥るとわたしはこれこれこう反応してしまうからああしよう」という認知行動学的な問題把握と解決も起きるし、「今のわたしはこう感じているのだからこうしてあげよう」というゲシュタルト療法的な問題把握と解決も起きる。多様な意識レベルを浮遊する。

しかし、最終的に行き着くところは、過去にフォーカスすることでも、原因(過去)と結果(未来)のメカニズムにフォーカスすることでも、今だけにフォーカスすることでもないのだ。

体の感覚を細部まで観察していると、最初は表面の皮膚しか知覚できないが、そのうち体内にある筋肉、骨、臓器、そして脳みそを知覚できるようになってくる。継続すると視点はさらにズームインされていき、血管内の血の巡りや、筋肉を組成する組織(tissues)にまで及び、細分化のプロセスは終りがない。不思議なのは、感覚がミクロになればなるほど体の各パーツに意識が向いてしまい断片的な現状把握になるかと思いきや、逆に身体全体が1つの何の隔たりもないものとして感じられるようになってくること。

金属板でも入ってるのかと思うように凝り固まってしまった体のさまざまな部位。それに対して凝った、痛いと反射的に反応してしまうと、それは岩のように厳然と立ちはだかる。しかし、どんなに堅くて微動だにしないものも、ミクロレベルでは躍動する粒子でできていのだということが感じられるようになってきた。動かぬものの内部には無数のダイナミズムが潜んでいる。そこを突く。そこに入っていく。そうすると、鉄板のようだった凝り固まりが、繻子のリボンのように解けていく。

大きな塊として知覚していたものが、じょじょに小さくなっていき、さらに細かくなり、ついには粒子の波のようになる。この身体レベルでの現実認知の変化は、上記の心理学的な現実認知と呼応していると思う。現在、未来、過去といった時間軸による経験と意識の蓄積が、じょじょに不可逆的な時間の理解を越え、過去、現在、未来といった隔たりはなくなり、ついには時間感覚は空間が混ざった波となる。

身体を流れるエネルギーは時間を超越しているのだ。

 

 

Localization revisted

Is globalization real? or an illusion?

I think we (in developed countries)  have reached to the present point as we believed in globalization. Transportation, telecommunication, and internet. What technology has allowed us is immense. We move around, travel, live, and work across the globe. Operation as well as strategies of business have dramatically changed in pursuit of globalization. Food, energy, clothes, cars, machines, etc. etc… our consumption is indispensably dependent on overseas.

However, I assume that we are gradually becoming aware that “global” and “universal” are not necessarily true all the time. It’s like a relation between Newtonian physics and the theory of relativity. Each works in a different condition, in a different dimension. Globalization functions fine in some cases, but it’s neither perfect or thorough. There is another situation where we need yet another lens.

Aspiration for globalization has steered us to dig a foreign culture much deeper. We cultivate and rediscover the new ways of living and working around the world. The more we learn, the bigger discrepancy we find out.  Consequently, we cannot help but facing a huge difference among nations and cultures.

Globalization, yeah, for sure. But, wait. Does globalization help everything?

My answer is NO. Though we once abandoned hierarchical anthropology, shifted into cultural relativism, and then advocated universal standard as well as globalization, we now reflect on the importance of cultural difference again in order to attain profound understanding of each and every land where we conduct our social activities (i.e. business.)  That’s why ethnography and ethnomethodology draw so much attention these days. I suppose.

With that said, not only globalization but also localization is critical for our progress. Nowadays, local generation and distribution of energy and food is seen to be the key for sustainable future. Local governance and community building are seriously and positively reexamined.

In this current, I have a gut feeling that my interest, knowledge, and experience in cross-cultural/inter-cultural communication will be of big help and practically serve the society, especially here in Japan.