ツァラトゥストラはバルセロナでかく語りき

バルセロナでした買い物がタックスリファンドできるということでお店で書類を受け取って、空港で手続きするところで、税関のおやじがまじグランピーでムカつく奴でみっちりケンカした挙句、書類を破り捨ててきた。

そもそもタックスフリーいらない。手続き面倒くさいし、同じことやるはずなのに各国、各空港で手順が違い過ぎて紛らわしいし、こっちの国では税金払わなくていいけど、あっちの国では払ってね、みたいな国を境にした考え方がよくわからないー。私はタックスフリーの用紙を破り捨てたので、スペインに税金を払ったわけだけど、別にいいじゃんね。払うよ。誰か使ってください。

世の中ってお金がより多くある人に便利になってるよね。医療を考えると命も守りやすいし、クレジットカードが10万円限度と100万円限度と無制限は収入とか所属で決まって、限度額が低いほど、何か困ったことがあったら助けてもらえない。

カードが何かのエラー(海外行くとよくある)で急に使えなくなって、この場で今すぐ払わないと訴訟だと言われ、なんとか別の打開策を提案して問題解決したけど、クレジットカードはすっごい不便!って思った。

この頭くるやりとりをしながら、そもそもカード持てない人が世の中にはたくさんいるなぁと思い。それはお金があるかないかで決まるのだなーって。

クレジットカード持てない人と持てる人の間にある、命と徳の差はなんだ?

クレジットってそもそも信用だよね?信用じゃなくて疑いから成り立ってるじゃん。Doubt cardって名前変えた方がいいよ。

わたしには日本国民ですって意識は十分ある。それは私にとってすごく大事。でも、認識的文化的な部分だけあればいいのかもと思った。社会システムのための法や国籍については、もっとボーダレスにしていきたいな。

ドイツでは、self-employed ビザ保有者にペンションプランの税金を支払わせる法案が可決するかもしれないらしい。きっと老後はそこにいない外国人ビザ保有者が支払う多額の税金は、そんな何十年先の保険のためではなく、今の国家の金欠のために使われるわけで。

ロシア人の友達は、ドイツでツーリストビザを取るのさえありえないくらいのひどい対応と、システムと法の縛りに振り回されたって。でも彼女はアメリカでグリーンカード持ってて、ドイツでのビザ申請中にアメリカ国籍が取得できたから、その瞬間から、ドイツでの対応はガラリと変わった。どんな下らん奴でもアメリカ人ならウェルカム、ロシア人はファック。(これはドイツでの例ね。)

歴史的なものがあるからその条件反射もわからんでもないけどねー、とロシア人の友達w

国籍なんておかしなもんだよと、移民暮らしが長い仲間たちは言う。自分の国が崩壊したら、地球の人間界での存在権を確保するために国を移動して国籍を取る。

日本のために何かしたい気持ちは単純にあるけど、国のためなのかな?この島にあるものと、いる人と、培われてきたもののために何かしたいだけだよ。それがたまたまこの数千年は「国」って呼ばれてるけど。

各国で別々の国家や法や税金がないと機能しないという論点はもっともだ。いっしょくたにしたら、ゴチャゴチャになって、犯罪も増えるし、秩序なくなるよ。

でも実際、もはや機能してないよね??世の中見てみるとさ。

お金にまつわるしちめんどくさいことを連チャンで体験してすぐに、『ツァラトゥストラはかく語りき』を読んだら、ツァラトゥストラはこう言ってた。

新しい価値の創造の自由を手に入れるために獅子となり、
新しい価値を生み出すために、無垢であり忘却であり遊戯である幼な子となる。

精神の支配者である竜はこう言う。
「汝なすべし」

精神の自由を求め、おのれの求める砂漠における支配者たらんとする獅子はこう返す。
「我は欲する」

私は砂漠を求める獅子であり、さらに新しいものを創り出す遊びを楽しむ幼な子なんだなー。

めっちゃ腑に落ちた。ニーチェ!

30歳最後の数日と31年目最初の1週間

30歳から31歳の変わり目は、19歳から20歳より、29歳から30歳より濃厚だったと思う。新しい仕事に挑戦する緊張、同志を得た時の歓喜、誰かに惹かれる高揚、家族の未知の領域に足を踏み入れる不安と抵抗、聴いているだけで笑顔になってしまう音楽の恍惚、仲間に囲まれる安心感、死と対峙する痛みと哀しみ。そんな色とりどりの感情が大潮のようにやってきた。

11月28日。友人がオーガナイズした温泉でチルアウトミュージックを愉しむという大人な日曜の午後イベントに行く。そこでトリを務めたミュージシャン。私は遠くに座っていたにもかかわらず、部屋に入って来た彼に気付き、何故かはさっぱりわからないが、しばらく凝視した。そしてデジャヴを覚える。演奏が始まった。観客と彼とで最初のチューニングが始まる。

どんなお客さんだろう?
ノリはいいのかな?

この人のギターはどうだろう。
歌声は?

彼のリズム感とアレンジ力は秀逸だった。でもそれよりも、気になっていたのはこの妙な感覚。パフォーマンスの合間合間に入るMCを聞いていてデジャヴのわけがわかった。この人、もしもう1人自分がいて、今と違った人生を歩んでいたらこんな感じだろう、というような人物像にそっくり。物理的にもう1人いたら、という話もそうだけど、今すでに自分の中にいる何人かの自分のうちの1人みたい。「僕の音楽にメッセージなんてない。ただ気持ちいいからする」と屈託のない笑顔で言い切った彼。「ああ、そうそうそれそれ!」と私は心が温かくなった。

11月29日。30歳最後の日。2ヶ月振りの2連休。アメリカから来た友達と遊び、夜は仲間とミーティングと称した前夜祭。

11月30日。お誕生日ファンドレイザーというお調子企画を実施。非常にゆるーーーい企画だったので一体誰がいつ来るのか、何人現れるのかよくわからなかったから内心ドキドキものだった。仕事先のオフィスをお借りしてポトラックパーティー。総勢20名近くの友人がお祝いをしてくれた。空き箱を使って即席募金箱を作成。グラスルーツ感満載。来れないからと国内外から振込んでくれた友達もいて。嬉しいとありがとう以外言葉がない。

12月1日。先月始めた新規プロジェクトのシリーズ第1回が無事終了。アメリカ帰国後からの2ヶ月間続いた大きな山を登り終えた充足感と安堵でこと切れる。

12月2日。MIT教授のオンラインコースの課題に取り組む。personal change project とorganizational (not necessarily professional) change projectを実際に起こしていくというもの。組織文化についての理論と分析法を学ぶ。とてもいい復習。夜はお世話になっている方のイベントに行き、色んな人から話が聞きたいと声をかけていただき名刺を頂戴する。改めて、自分が関わっているものの影響力を実感。イベントもテーマが組織文化で驚く。

12月3日。アポイントメント4件をこなす。夜は仲間と薬膳鍋に舌鼓を打ちつついくつかのプロジェクトの振り返り。なんのためにこんな活動をしているのか?それはビジョンや目的といった達成すべき対象のためじゃなく、 「ただ好きだから。惹かれたから」でもいいのだということ。そして、家族の死と、それに向き合うことに話は及んだ。父が急逝してすぐに近所の道端で見た雀の死骸を思い出す。父の死体と雀の死骸に、違いはなかった。同じ屍。

12月4日。予てより計画していたorganizational change projectに具体的に着手する。大きな大きな一歩を踏み出した。緊張と不安は大きかったが、やってみると普通に時間は過ぎた。問題は、これから続けていくということ。その過程での不確定要素に寛容であること。夜は先週出会ったミュージシャンが地元にライブに来るという偶然を満喫。やっぱり似てる。

12月5日。10年来の音楽踊り仲間たちと集まり、友人の3周忌を祝った。懐かしい映像、音、エピソード。動く彼を、みんな久しぶりに見た。ご両親もいらっしゃっていた。そして、彼と共に音楽を創り続けてきた私の兄のような人と、音と共にしか在れない彼らを支え続けた私の姉のような人。この大事な人たちにとって大事な人は、私にとっても大事なのだと痛感。

曲が未完成のままこの世を去った友人。それをどんな思いで私の兄貴は完成させたのだろう。最後に遺作をライブでしてくれた。彼が遺した彼の分身を、ギターで、ハーモニカで演奏しながら、兄貴はどこに旅していたんだろう。父が遺した手記のことが頭に浮かんだ。半分以上読めていないままだ。来年の春にはこちらも3周忌。感情と記憶はごちゃまぜになり、涙をこらえきれなくなった。

帰り道、鉛のように足が重く、すぐ近くにある駅に辿り着くのにけっこうかかった。体を刺し貫く痛みを伴なった美しすぎるメロディーラインに震撼して、どこにも帰れなかった。そんな時、もう1人の自分かとデジャヴを覚えた彼の幸せそうな声を思い出した。「快楽のために音楽をやっているんだよ」

音楽と共にしか生きることを知らない人々。喜びと暖かさを運ぶ彼らの紡ぐ音色。でも、快楽にもなれば苦悩にもなる。生を愛しむのか、死に誘われるのか。

極上に美しいにもかかわらず、快楽とは程遠かった日曜の夜のライブ。先週の日曜の繊細で無防備で喜びに満ちた時間と、鮮明なコントラストを描いていて、私は体を貫く哀しみに溢れた音楽をどうすればいいかわからなかった。

だけど、同じなのかもしれない。
音はいのちなんだ。