形見

父が遺してくれたものってなんだろう?

 

あ、そうか。わたしだ。

 

というrealizationを得たのは、遠く離れた異国の地でだった。

 

1つの文化圏で形成された自我を破壊し、国や言語をまたいだ複数の文化を融合していくことで、化学反応が起き、浄化され、自らが新しい文化の源(culture)となる。その過程における大きなステップとして、ベルリンにやってきた。

生きたい生き方、過ごしたい時間の過ごし方に近づいていっている。

自分のsourceに近づいていっている。

ここまで辿り着けて、今、死んでも悔いはないなと思った。

気負うことはなく。

大げさな話ではなく。

死に対する恐れが抹消されたわけでもなく。

ただ、何気なく、通りのアイスクリーム屋さんに立ち寄るような気さくさで、

今、死んでも悔いはないと思った。

 

母や他の人のことを考えたらまだまだ死ねないけどね!

文化の変容は社会システム変革の後に起こるのかも

今年はヨーロッパに渡ろうと思ってます。

大学3年の就活前に、組織心理学が自分の礎となる学問だと感じたのと、10~15年後には日本にもマーケットが開き始めるはずという勘があったから、就活をせずに好きなことして暮らし、卒業後アメリカに渡って勉強をした。

その直観は幸運なことに敵中していて、特に去年から今年にかけて、自分が勝手につくり出した職業「コミュニケーション・プロセス・デザイナー」や、その方法論の1つとして使っている組織心理学の視点は、日に日にニーズを増している感覚がある。既存のシステム内で新しいものを作ればよかった時代は終わり、システム自体を作り変えないとならない時代に入ったわたしたち。組織心理学は、社会システム構築のための建築学みたいな役割なので、急ピッチで注目が上がってきているのかなと思う。

ヨーロッパに行くのは、あの頃と似たような妙な勘が働いているから。

今の日本では、自分の体のリズムや信念に合うライフスタイルを送るためにはけっこうな努力が要る。他者との関係を疎かにしてしまう羽目になりそうだし、自分の機会損失、あるいは信頼損失にも繋がりかねなかったりして(24時前に寝るには21時には都内を出ないといけないとなると、仕事やそれに関する活動の時間が狭まったりだとか。満員電車はどうしても理解できないし、気分が悪くなっちゃうから避けてスケジュールを組むとか。)自分の送りたい生活が「よいね。っていうか当たり前でしょ。」と習慣化されてる社会/文化にいないと、無駄なエネルギーを払って必死に獲得するものになっちゃう。

じゃあ、それが当たり前の場所に行けば楽チンじゃない!確かに、そこで待っている根本的なカルチャーショックと向き合うのは生半可なことではないけど。

ヨーロッパの中でも、特にラテンカルチャーがなんだかひっかかる。あの人たちは、日本人からすっぽり抜け落ちちゃってる人間的なものを大事にしてるとこがあるんだよね。時間の価値観とか、愛情関係の価値観とか、表現への貪欲さとか。これから10年くらい経ったら、日本でも「そーゆー考えがいいかも!」って、今のソーシャルイノベーションのムーブメントみたいになってる気がするんだよねー。

国や民族単位でパラダイムシフトが起こる時、まず最初に社会システムの抜本改革が興り、続いてそのシステムから醸成されて生まれる文化の変革になるのだろうなーと思った。今、私たちは社会システムの転換期にあるから、次の10~15年で社会システムだけでなく、文化の変革に至るんじゃないかと。

なので、ラテン文化をわたしが芯まで吸収して日本に戻ってくることは、のちのち日本で何かしらベネフィットになるんじゃないかなぁと思う。

緩い。。。
アメリカ西海岸ベイエリア文化も、日本の文化/社会的枠組みの影響で日の目を見てなかった私のエッセンスにピッタリだったからズコーーーンとそこを開発できて、今それが日本に帰ってきて役に立ちまくってるし。

まずは行ってみよーと思うのです。(それについてのプロジェクトも立ち上げた!)