Blog entry from Chicago

It’s always exciting to land in the new place.

The first morning in Chicago welcomed me nicely. I woke up at 5ish am. The city was still dark.

I crash at my friend, Hiro‘s studio. It’s located in an industrial area, one of the old buildings renovated into a super nice apartment. SimpleScott used to live here, has just moved out, and Hiro took it over and shares with another crew from The Post Family.

Big rusty engine noises of trucks driving around in the hood in the early morning tell me that people are starting another day of life. Through the big window by the bed,  sky scraper of the chic town Chicago is silhouetted against the dawn. Smoky orange sky.

Chicago is a clean, neat, and lovely city. Flat land. Big, tall, square buildings. Wide roads. Quiet. Grounded.

Yesterday, as I was moving up from Chicago Midway Airport in SimpleScott’s car, I thought that this city seemed suitable for truly creative people, who can give a birth to the new from scratch.

Chicago isn’t filled with too much materialistic stimulus and amusement of external world, unlike Tokyo, but does have space and freedom. Definitely different flavor it has from San Francisco, New York, Paris, Barcelona, and London. Despite rather stoic atmosphere, designers and artists gather here. That makes me ponder, “how do they get inspiration and stay creative?”  My immediate answer is: creators living in Chicago need to generate stimulation and inspiration internally. They should be able to build up novel things without visually and auditory vivid, buzzy stuff. This is what I mean by “truly” creative.

Gigantic To-go Coffee Cup @ SimpleStudio

国際知識経済都市会議っていうのに参加してきました

7月6〜9日は福岡に出張してきました。福岡の人は人なつこくホスピタリティに溢れていました。焼き鳥もおいしかった。

福岡で何をしてきたかというと、国際知識経済都市会議International Regions Benchmarking Consortium)にて、4つのパネルディスカッションをグラフィックレコーディングしてきました。そのグラフィックレコードは、会議の最後におこなわれた参加者、モデレーター、スピーカーのための対話の場(オープンスペーステクノロジ—とワールドカフェ)で活用されました。

Graphic recorded by Naho Iguchi

お話をいただいたきっかけは2月中旬に遡ります。スピーカーとして出させてもらった西村ゆうやんのダイアログバーの参加者の方がこの国際会議の実行委員で、プランニング中に私のことをふと思い出し、4ヶ月後にひょいっとメールをくださったのです。こうやって公の場に出て自分の活動について地道に語っていくことは、必ず次に繋がるのだなぁと実感すると共に、機会を与えてもらえることに感謝感謝です。

このお仕事は私にとってチャレンジがいくつかありました。

  1. 「知識経済」「知識経済都市」ってなんだよ?な状態だったこと
  2. 英語でのパネルディスカッション(1セッション90分)×4を英語でグラフィックレコードすること

知識経済とは(わたし解釈)、

知識創出を教育機関・行政・産業が恊働して促し、知識をきちんと保管、伝承していきながらマネタイズもしてその地域の経済を活性化させていく、という考え方とその取り組みのこと

らしい。

知識経済都市を作っていこうとする北米、ヨーロッパ、オーストラリア、アジアの中くらいの都市のネットワークがこの会議。ベンチマークしながら地域経済活性化してこうぜ、という交流と学びの場でした。

今回で3回目になった本会議では、知識経済という学問分野においてベース理論である「トリプルヘリックス」から発展して、「トリプルヘリックスとコア」という新モデルをもとに議論がなされました。トリプルヘリックスはいわゆる産官学のコラボレーション。でも実際問題、「産官学寄り集まっても何にも起こらんじゃんね」というのがあって、産官学を繋げる専門の役割が必要じゃないか、というアプローチ。それが「コア」。

Graphic recorded by Naho Iguchi

会議ではバルセロナ、ヘルシンキ、ストックホルム、メルボルン、シアトル、バンクーバー、福岡といった各都市の行政、教育研究、産業分野で都市改革を押し進める実践者たちがプレゼンテーション、パネルディスカッション、ダイアログを繰り広げました。すでに実行された/されているプロジェクトのリーダーたちの、実例交えた話はGRするのも楽しかったです。

Graphic recorded by Naho Iguchi

英語でのGRは日本に帰国してからはほとんどする機会がなかったので、これもドキドキでした。「書くスピードが間に合うかな」「アクセントのある英語が聞き取れるかな」「専門用語や都市特有の固有名詞が出てきたらどうしよう」などなど、本番前日までは不安もありましたが、始まってしまえばやれるだけをやるしかないので、ある意味「諦観」の心が育ちます(笑)。

一つ珍しかったのが、2日目の会場が能楽堂で、そこでGRしたこと。なかなか経験できることじゃないよね。GRは自分と紙とペンがあればどこでもできるポータブルなものなのだけれど、実は物理的空間のアレンジ(壁が真っ平らとか、テープ貼っていいとか、人から見える位置でやるとか、いろいろある)は非常に重要です。能楽堂の照明は暗いし、能舞台の周りは石が敷き詰めてあってGRできる状況じゃないし、用意してもらった紙を貼るパネル(黒板でした)は高くて、ちびっこの私にフィットしてなかったりと、難問はあったもののクリアして仕事ができてよかったです。

もう一つミーハーな出来事は、スペイン、バルセロナにある超有名で私の大好きなガウディの建築、サグラダファミリアの主任彫刻家、外尾悦郎さんとお話する機会があったこと。最終日のワールドカフェで同じテーブルになり、「『トリプルヘリックスとコア』というモデルは平面(2D)でしかない。でも、もっと立体的に捉えていく必要がある」という外尾さんのアイディアに、「じゃあ立体で創ってみましょう」と私が提案し、テーブルにおいてあった紙を切ったり折ったり、人間の本質を構成するエレメントを表わす3Dモデルを作ってみました。外尾さんと即興コラボレーション。感激です!

地方とのお仕事もっとしていきたいなー。これからは、「グラフィックレコーディングとはどう使うものか」をわかっていないと最大限の効果が得られないので、その部分から伝えていってプランニングの段階から参画していきたい。さらには、グラフィックレコーディングでなく、「グラフィックファシリテーション」(=レコーディングをしながら、実際に私が場のholdをしていく)を普及、応用していきたいです。

皆既日食

私にとって皆既日食は、ソウルメイトとの約束です。

同じ場所から、共に、くっきりと、太陽が月になり、そして消える瞬間をこの目に納めること。

2005年春、「パナマに皆既日食を見に行く」と彼は言いました。日本から中米へと太陽を追って旅立った彼を北米から見守りました。

同じ夏、その足跡をどうしても辿りたくて、私はメキシコ、グアテマラへ赴きました。テオティワカンの太陽と月のピラミッドの上から広い空と大地を眺めながら、ティカル遺跡のピラミッドの上から深いジャングルを見下ろしながら、ソウルメイトの確かな温もりを感じました。

2006年3月、彼はトルコへ皆既日食を捉えに行きました。私はその時も夢叶わず行けませんでしたが、当時住んでいたバークレーの家から瞑想をして繋がりました。

2009年7月、日本に戻っていた私はいよいよこの足で皆既日食ハンティングに出ました。種子島の海辺で1週間キャンプをしながら待ちました。彼は硫黄島の近くで船上から日食を待ち望んでいました。当日は曇りでダイアモンドリングは見えなかったけれど、皆既の時に訪れる神秘的な暗闇を体感し、心から畏怖の念を感じました。

2010年7月11日、イースター島での皆既日食。彼はまた旅立ちました。私はライブストリーミングで、完璧な雲一つないダイアモンドリングを初めて目にしました。今頃その余韻に浸って、笑顔で海と空と太陽を噛み締めているんだろうと思います。

次は2012年11月。約束を果たしに向かいます。

TEDxTokyo meets TEDxCopenhagen

毎度ながらブログをアップデートするのがのろのろですが、3月12〜21日までデンマークに行っていました。主な目的は、私がコアメンバーとして活動しているR水素ネットワークのお仕事(また別エントリーでブログ書きます)。その前後にちょこっと時間を取ってコペンハーゲンと南スウェーデンを見て回りました。

コペンハーゲンの街並みコペンハーゲン中心街

美術館・ブラッグダイアモンド

コペンハーゲンの第一印象は、スカンジナビアの質実剛健で生真面目なところと、西ヨーロッパの小粋で開放的なところが絶妙に混ざり合っている感じでした。行き交う人びとは「どこで買ったの?」と思わず声をかけたくなるようなスタイリッシュなブーツや斬新なカットをしたコートを着ていて、帽子とスカーフなどの小物使いも上手。でも、乗っている自転車は前にカゴのついた、日本でもお馴染みの古ーーい年期の入ったママチャリだったりして。そう、自転車の多さには驚きました!アジア並み。だけど几帳面なお国柄なのか、赤信号はしっかりとラインの内側で待ち、しかも一台一台ちゃーんと列を作っている。こういう何気ない人びとの行動習慣を発見していくのが、旅先の楽しさでもあります。

無防備に停められた街角の自転車

出発の2日前、せっかくコペンハーゲンまで行くのだから誰かと会いたいなと思ったけれど、デンマーク人に直接の友達はいませんでした。「んー、どうしよ。」とちょっと考えて、「TEDxCopenhagenのオーガナイザーに会ってみよう。」と思い立ちました。早速、TEDxCopenhagenのウェブサイトの連絡フォームにメッセージを書き込んでみると、「TEDxはこうやって世界にネットワークを広げてくれて嬉しい。ぜひ会おう!」という返信がfounderの人から直接届きました。出発直前に届いてよかった。「やったぁぁぁ♪」と小躍りしながらパッキング。founderの名前はLærkeと書いてありましたが、性別も発音の仕方もいまいちわからないまま出国。あとから教えてもらったのですが、Lærkeとは英語のLark、「ひばり」ちゃんだそうです。

成田から直行便のSUSでコペンハーゲンまで9時間弱。思ったより全然近かったです。ちょうど成田ーサンフランシスコがこんなものなので、機内に入って2時間して最初の食事、それから寝て2回目のご飯で起こされて、食べて1時間くらいしたら着陸、という慣れたコースでした。着いた日の午後はロイヤルコペンハーゲンの経営するカフェに行って、ロイヤルコペンのカップでおいしいカフェラテを飲みながらフリーwifiを満喫。夜はGreen Drinks Copenhagenも行なわれているというオーガニックレストラン、BioMioでディナーをして終了。

ロイヤルカフェ

翌朝、Lærkeが愛用のグリーンの自転車に乗って宿まで迎えに来てくれました。小柄なアジア人女子は私しかいなかったので、ロビーですぐに見つけて声をかけてくれました。Lærkeは真っ白くふっくらとした頬、きゅっとした鼻、淡いプラチナブロンド、「the 北欧」といった容姿の女性。中心地から少し西に外れたところ(と言ってもコペンハーゲンは小さいので徒歩圏内ですが)にある彼女の行きつけのカフェでデンマーク風ブランチをいただきました。

ハニーヨーグルトおいしかった!

午後は市内を横断するようにお散歩。Lærkeが働いている会社、Wemindのオフィスにも連れて行ってくれました(偶然にも彼女は私と同業♪)。これがまた、北欧ってこうよね!というイメージそのもの。古い建物の内部がリノベートされた、広いステュディオタイプのオフィス内に、洗練されたモダンな家具とアートが無造作且つセンスよく配置されている居心地のいい空間でした。羨ましい。

オフィスのあるビルのドアを開けるLærke

ああ、広い!

前に借りていた人たちはアーティストだったらしく、壁には絵が描かれていました。

電柱と切れた電線

キッチンには小鳥たち

マガジンラックと古いラジオ

トイレのドア

この空間の取り方は日本人にも似てる

このエッジのきき方がコペンハーゲンか

ポストイット

薪で埋め尽くされている壁

土曜日だったので、Lærkeはこのスペースを解放してヨガワークショップを企画しており、続々とコペンハーゲンのヨーギ達がやってきました。というわけで私は、仕事が終了してからLærkeと再会することを約束してオフォスを後にしました。TEDxオーガナイザーとしての繋がりだけでなく、今後、お互いの国で仕事のプロジェクトを起こそうと盛り上がりました。楽しみだな〜。