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解放

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年末年始は家におにぃが帰ってきています。今夜は葉山のお寿司屋さんにママンと3人でお夕食を食べに行きました。私の渡欧の件、昨年の春頃からママンには刷り込んできていました。秋にはおにぃに報告し「好きにしなさい。」と言ってくれました。

不思議なもので、1対1だと気張れば言えることが、同じ相手でも「皆揃って」になると言い辛くなることってあって。なんだろね。「公認の事実」のパワーすごし。

「よし、新年2日目だし改めて家族の前で渡欧のことを話そう!」と思い、ドキドキしながら言う機会を伺っていたら、ママンが予期せぬキラーパス。「ナホちゃんまた出てっちゃうのよ。」

いや〜、集団の利点は自分だけで気張らなくてもいいとこですね(笑)。全部1人でやろうとしなくても、相手が勝手にやってくれる時がある。そんなわけで、和やかに家族内の周知のこととなり、渡欧へ大きく大きく一歩近づきました!何と言っても、ただ1つの心配は、初めての1人暮らしになるママンと、とにかく色んなことをまるっと引き受けてくれてるおにぃだったからね。

ママン「すぐ帰ってくればいいのに〜。」

おにぃ「1、2年、楽しんだら帰ってきたらいいよ。」

という言葉にはホッとしたわぁ。行くことも、帰ってくることも異議無し。井口家は、各々の人生を相談することが皆無に近い。決断に反対することもない。

今夜、もう1つ大きな変化があった。父のことがおにぃの口から出た。葬式で棺桶の蓋を閉めている時に涙を少し流したのが、彼の唯一の父の死に対する反応だった。あれから4年と8ヶ月。家族3人で初めて父の話が出た。ほんの少しだったけど。

日本に帰国してからの日々は、父の死との葛藤だった。葛藤は、わたしを己と向き合わせた。対峙すると、生まれてから重ねた齢の分だけ蓄積された、心や記憶や体のあくなき探求へ導かれた。何度も何度も嘔吐のような脱皮を繰り返した。32歳の時、先天的なものと後天的なもの、両方合わせて自分が持っているすべてを引き受けられたと感じた。受精してから今までという「過去」に降服した。過去をすべて見渡すと、過去は今となり、もう過去を捉えたり、癒したりすることで今を感じようとせずに済むようになった。生まれつきのことや、幼い頃にたまたま与えられた環境や、過去の出来事と、現在の私の因果関係から解放された。あるのは今と未来と、それを支えてくれる過去。

父の死という現象からの解放と共に、32年間の自我からの解放が起こり、これから新たな地(知)(血)へ赴きます。

ヴィパサナ瞑想の質も変化してきました。これまでは、無意識層の身体に潜む過去を解きほぐしていく手術と治癒のプロセスだったのが、最近は、自分の死をきちんと取り扱うための「意識化の技」を身につけるためにやっています。死はわたしたちの未来です。未来に向かってする準備の瞑想。

ヴィパサナ瞑想にまた行ってきたよ。

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10月9日から20日まで京都ヴィパサナ瞑想センターに行ってきました。10日間座り続けるのではなく奉仕者として申し込んだのですが、どんな役割になるかは行ってからのお楽しみ♪ということで、9日のお昼前に到着すると、センターに長期滞在して奉仕と瞑想を繰り返しているクニちゃんから「コースマネージャーをお願いします。」と言われました。他にどんな役割があるのかも知らないし、センター側が割り当ててくれたのだから、「はい」と答えました。そこから怒濤のOJT(笑)が始まりました。いやはや、とにかく本当にすごい修行でした。

ヴィパサナ瞑想はDAY0からDAY11まであります。着いた日がDAY0。この日の夕方4時から生徒さん(瞑想参加者)が受付にやってきて、6時にお夕飯、7時からオリエンテーション。8時から瞑想が始まります。DAY1からDAY9までは聖なる沈黙と言って、コースマネージャーと瞑想指導者以外の人とは一切の言語・非言語コミュニケーションが禁止されます。視線を合わせたり、ちょっとしたジェスチャーもなし。「まるで自分1人しかいないように過ごす」ことが求められます。他者に触れること、書くこと、読むこと、描くこと、音楽を聞くこと、運動をすることなども禁止です。DAY10の午前中で聖なる沈黙は解かれ、翌日にセンターを離れて下界に降りる心の準備をします。DAY11の朝に最後の瞑想があり、掃除をして終りです。

お仕事は任命されてすぐに始まりました。右も左もわからぬまま、資料に目を通し、奉仕経験のある人を質問攻めにしながら、まずは生徒さん受け入れ準備。最初はまだ全員の奉仕者が揃っていないこともあり、キッチンでネギを切ったりあれこれお夕飯のお手伝いをしながら、受付の準備やオリエンテーションで説明しなければならないことを理解します。そしてあっという間に4時。何をすればいいのか半分くらいしかわかっていないことは内緒のまま、笑顔で「こんにちは。ようこそいらっしゃいました」とレジストレーションをします。そして7時になると、知った顔してコースやセンターでの過ごし方の説明を男女60名弱の生徒さんにします。職業柄、こういうことは慣れているはずだけれど、まるで、初めて入ったプロジェクトでいきなりオーソリティーロール、みたいな状況で、内心あわあわするし、しょっぱなから修行でした。ちなみに男女隔離の生活のため、男女に1人ずつコースマネージャーがいます。私の相方は屋久島からやってきた太一くん。コースマネージャー経験も豊富な頼れる男でした。

1日5〜6時間瞑想をし(生徒さんは10時間)、それ以外は生徒さん1人1人がどんな健康状態でどんな薬を摂っているかを把握し、瞑想中や休み時間での様子に意識を払い、彼女たちの生活ニーズや色々な質問に対応します。26名いたので名前と顔を一致させるのが一苦労。それから、瞑想開始と終了を知らせるベルを鳴らして時間管理をします。毎日、トイレ、シャワー、瞑想ホールや廊下、庭の掃き掃除をし、指導者と生徒さんがコミュニケーションする時の通訳、指導者からの指示への対応などフル稼働でお勤め。瞑想中も生徒さんの動きと指導者からの指示にいつでも応じられるように心構えしながらヴィパサナ瞑想をやるので、意識レベルをどこで保ち、深い無意識との対話と、現実世界で起こっていることをどう両立させていくかが鍵でした。特に生徒さんが指導者に質問をする時の通訳が大変。生徒さん自身、自分がどういう状態で何をどう言葉で表したらいいかわからないので、その言ったことをそのまま通訳するのが難しかった。指導者の言葉を間違えのないよう的確に伝えるのも修練が必要でした。瞑想状態から瞬時に脳の活動範囲をスイッチさせて通訳モードに入るために、自分でも気づいていない莫大なエネルギーを消費していた気がします。「ああー、頭がついていかないーーー」ということが後半になると増えていきました。夜は9時過ぎからメッタバーバナという愛と慈悲の瞑想を、生徒さん、指導者、奉仕者チーム、センター内のすべての生き物に向けて行ない、その後ミーティングをして、10時から10時半頃就寝。瞑想を始めると意識が違うステートに入って睡眠が浅くなるため、何度も目覚めたり、眠っている状態を観察したりしていました。

コースマネージャーは、指導者のすぐ横という瞑想する位置(すべての人の瞑想の座布団の位置は決められている)、生徒さんには許されていない行動の自由、規律を遵守しているかを見守るという役割、指導者と生徒さんを繋ぐという立場から、この12日間だけ形成される組織の中で、指導者の次に強いパワーを相対的に持つことになります。実際は単なる奉仕者その1なので、これといった実権はないのですが、与えられるタスクの性質と瞑想ホールでの物理的な位置関係から自動的にパワーが生まれます。おもしろい現象です。現実世界のパワーダイナミクスも大概こんなものですよね。

その一方で、トイレ掃除、ゴミ箱の管理、虫が出たら取ってあげる、生徒さんが何か必要だと言えば奔走するなど、普段の社会ノームであればパワーバランスが弱い立場の人がやる仕事も同時にやります。また、私のように初めて奉仕者を経験すると、長期滞在をしていて物事を熟知しているメンバーや過去の奉仕経験者にわからないことはすべて聞きます。私には知らないことが山のようにあります。さらに、瞑想に関しては全てを指導者の判断に任せるため、ほんとに小さなことでも自分で判断して受け答えることはタブーで、「先生にお聞きしてきます」と言って指示を仰ぎます。

補足ですが、組織のリーダー格の人たちは、こういう自分のロールやステータスが変わる体験をコンスタントにやって自己認識を刷新するのがいいのではないかなーと感じました。

このように幾種類もの役割、力関係の境界を行ったり来たりしながら、意識レベルも行ったり来たりしながら、自己対峙という繊細な作業を続ける26名の他人とコミュニケーションをとり、他の奉仕者たちと仕事を通じて日々チームビルディングをし、そして自分の瞑想修行をする。ハードコアでした。

そんなタフな12日間をめっちゃ楽しく過ごせたのは、奉仕者チームのメンバーのおかげ。はじめましてで出会ってすぐにチームとして動かなければならない中で、うまくいかない例は山と聞くのだけれど、私は本当にラッキーで全員素晴らしい人たちでした。クニちゃんも「こんなにも暇があれば休憩も取らずにキッチン(奉仕者の基地)に集まって一緒に時間を過ごすチームは珍しい。」と何度も嬉しそうに言っていました。みんな驚くほど仕事が速く、何よりも、どんなダーティージョブでも自然の法として受け入れ粛々とやりこなしてしまうのが尊敬。みんな旅人だったのも共通。ここでしか出会えない人たちばかりだったのに、ミラクルな結束力とチーム力でした。クニちゃん、太一くん、ともちゃん、きたくん、たかくん、和田さん、ようこちゃん、ありがとう!!!!

意識のスペクトラム

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という言葉はずいぶん昔にケン・ウィルバーの本で初めて知った。瞑想中に何が起こっているかというと、この意識のスペクトラムを行ったり来たりしているのだと思う。

これまで生きてきた過程で経験したこと、その時に沸き上がってきた感情の数々。記憶は脳に刻まれるように体にも刻まれる。通常は脳から指令がいって体が動くのだが、瞑想中は、身体から脳をアクティベートしているよう。脳と体のインタラクションが精緻になっていくにつれ、意識は明瞭ながらも揺らぎ、スペクトラムの深みへ深みへと降りていく。鮮明な視覚的聴覚的な記憶と共に、感情的なものや体の感覚が蘇ってくる。さながら退行催眠をしているように、唐突に無秩序に過去の記憶がフラッシュバックする。

そうしていると、「わたしの過去はこれこれこうだったから今こうなんだ」という精神分析学的な問題把握と解決が起きるし、「こういう状況に陥るとわたしはこれこれこう反応してしまうからああしよう」という認知行動学的な問題把握と解決も起きるし、「今のわたしはこう感じているのだからこうしてあげよう」というゲシュタルト療法的な問題把握と解決も起きる。多様な意識レベルを浮遊する。

しかし、最終的に行き着くところは、過去にフォーカスすることでも、原因(過去)と結果(未来)のメカニズムにフォーカスすることでも、今だけにフォーカスすることでもないのだ。

体の感覚を細部まで観察していると、最初は表面の皮膚しか知覚できないが、そのうち体内にある筋肉、骨、臓器、そして脳みそを知覚できるようになってくる。継続すると視点はさらにズームインされていき、血管内の血の巡りや、筋肉を組成する組織(tissues)にまで及び、細分化のプロセスは終りがない。不思議なのは、感覚がミクロになればなるほど体の各パーツに意識が向いてしまい断片的な現状把握になるかと思いきや、逆に身体全体が1つの何の隔たりもないものとして感じられるようになってくること。

金属板でも入ってるのかと思うように凝り固まってしまった体のさまざまな部位。それに対して凝った、痛いと反射的に反応してしまうと、それは岩のように厳然と立ちはだかる。しかし、どんなに堅くて微動だにしないものも、ミクロレベルでは躍動する粒子でできていのだということが感じられるようになってきた。動かぬものの内部には無数のダイナミズムが潜んでいる。そこを突く。そこに入っていく。そうすると、鉄板のようだった凝り固まりが、繻子のリボンのように解けていく。

大きな塊として知覚していたものが、じょじょに小さくなっていき、さらに細かくなり、ついには粒子の波のようになる。この身体レベルでの現実認知の変化は、上記の心理学的な現実認知と呼応していると思う。現在、未来、過去といった時間軸による経験と意識の蓄積が、じょじょに不可逆的な時間の理解を越え、過去、現在、未来といった隔たりはなくなり、ついには時間感覚は空間が混ざった波となる。

身体を流れるエネルギーは時間を超越しているのだ。

 

 

自分の海へダイブ

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現実界に戻ってきた。今回もすごかった10日間。

3月にダラムサラのヴィパサナセンターで出会って、たまたま隣のゲストハウスに住んでたと発覚した日本人の男の子と、京都センターで再会するところから始まりました。どんな確率。

体がどんどん開いていく感じが最高に気持ちよく幸せ。今回の10日間でまたプロポーションが変わり、体内のダイナミズムも変わり、身体のリズムが精神へ浸透していきます。

10日間座り続けるのは理に適っていると思いました。最初の1週間は瞑想中に妄想、回顧、分析、明晰夢、幻覚、睡眠の嵐。7日目からようやっと煩悩がほぼ枯渇し、瞑想のみが立ち表れるようになる。

瞑想は様々な意識レイヤーへの分岐点。

  1. 瞑想
  2. 睡眠
  3. 明晰夢
  4. トランス

という4つの状態を行ったり来たり。この4つの意識状態の差は、眼球運動(黒目がどの位置を向いているか)で出るのではないか、というのが実体験観察から導いた仮説。(眼は瞑っている状態で)黒目の位置が、

  1. 瞑想=両眼とも下方
  2. 睡眠=両眼とも上方
  3. 明晰夢=両眼ちぐはぐな方向で激しく動く(REM)
  4. トランス=左右の眼がそれぞれ違う方向 、あるいは両眼とも真っ正面に固定、かな。

瞑想中、ガクっと瞬間だけ寝入ってしまう時があって、「なんで0.1秒前まで瞑想してるのに瞬時に眠りに落ちるんだ!」とその瞬間を捉えてやろうとしたのが事の始まりでした。

この4つのレイヤーを深く研究しているのがチベット仏教/科学。死とセクシャリティーという人間の実存に関わるが、社会的にタブー視されているものをもしっかりと受け止めた理論体系と実践法です。自分の人生のテーマのすべてが含まれているチベット仏教。何かの縁を感じずにはいられません。

それから、人間の精神の中にある女性性と男性性は、身体的には利き腕利き足側が男性性を司り、反対側が女性性を司るのではないだろうかという仮説も生まれました。少なくとも右利きである私自身は、肉体の内部を探る中で、右側に男性性が、左側に女性性が棲んでいるように感じました。

「あるがまま」とは「在るがまま」であり、また「有るがまま」でもある。ということは「無いがまま」もまた然り!ということを閃いたのが6日目か7日目。

目から鱗体験の一つは、ハートチャクラに直に触れたこと。銃弾が埋め込まれたような尖鋭さで、ドクドクグリグリしてた。チャクラって中医学のツボのようなもので、幻想でも魔術でも何でもなくて、人間が感情を「凝り」や「痛み」として溜め込む最奥のポイントなんだと知りました。感じられるんだね。

仏教には次のような考え方があります。

  1. 意識(awareness)
  2. 感覚(sensation)
  3. 認知(perception)
  4. 反応(reaction)

人間が苦しみ、業が生まれるのは2の感覚の段階で、人生で培ってきた経験や思考パターンを元に「いい」「悪い」「好き」「嫌い」「気持ちいい」「気持ち悪い」と判断を加えてしまい、さらに、その判断に沿った反応をするから。例えば、2の段階で「痒い」と感じ、3で「痒いのは不快だ」となり、4で「掻く」という行動を取ります。「痒い」という身体感覚に、「不快だ」という感情/理性判断を加えることで、苦しみを2倍にしている。だから、2の段階で、感覚を純粋な感覚のまま観察し、静かに受け止めることで、3のジャッジュメントに至らないようにします。ということは、私たちの感情の起源は、すべて物理的なセンセーションということになります。センセーションが皮膚に近い部分で起これば、明らかなので私たちは痛みや痒みとして捉えます。でも、体の奥の方で微々たるセンセーションが生まれた時、鈍った感覚器ではそれを身体的感覚としては認識できず、感情というものとして捉えられるのではないか、と思いました。実際、ヴィパッサナをやっている間、獏とした捉えどころのない胸の周りの落ち着きのない焦燥感を突き詰めて観察して奥へ奥へと貫通していったら、ハートチャクラの抉られるような煮えたぎる痛みに辿り着いたのです。

以前、瞑想中に、頭皮から頭蓋骨へとセンセーションを追っていたらフッと無感覚状態に入って「ここが脳みそか!」と気づくという体験がありました。でも、脳みそには到達したけれど、感覚が十分に研ぎすまされていなかったから脳みそに生じるセンセーションは感知できなかった。完全なる無感覚。今回は、ついに脳を物体として感じられました。

脳みそのセンセーションは至極繊細。筋骨の部分は固い分、ブルブル震動してるし圧力や温度の上下をよく感じられるんだけど、脳みそって柔らかいせいか、なんとも掴みどころがありません。特徴的だったのは、脳みそを感じてる時は、体が自然に八の字を描くようにゆらゆらと揺れ始める。無重力状態みたい。

地球交響曲の龍村仁さんのインタビューで、宇宙飛行士は無重力状態の中で、地球上とは違った脳の動きをするようになるから、宇宙飛行士同士ではテレパシーができるらしいという話が出ていました。私もヴィパサナを始めてから、予知的能力が強まった気がします。恐らく魔法でもなんでもなくて、より多くの感覚器が活性化して、今までは拾えていなかった情報を読み解き、処理しているからわかるようになっているのかも。

繋がる官能

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去年の6月に日本を出てからずっと中南米を旅しているソウルメイトに、

「なんか、不思議だけど全てが繋がっている(奇跡と軌跡)空間にいるね。
なほはこの空間に入ることが多いね(笑)
多分、その星の子なんだね。
星の名前が今はわからないけどね。」

と言われた。

最初は私もその名がわからなかったけれど、ふと閃いたのは、 “Sensuality of Connectivity” というフレーズ。「繋がっているということの官能・魅惑」といったところだろうか。

夕べ、インド出発前は最後となるvipassana瞑想に行ってきた。そこで実に不思議で、かつ自然な小さな奇跡が起きた。

瞑想の始まりと終りに、僧侶が唱える感謝の歌。2座目の終りに僧侶が歌い始めると、部屋の右奥の方に、ふわっと何かの気配を感じ、それから女性が囁く声が聞こえてきた。瞑想中は言うまでもないことだが、vipasannaでは休憩中の私語、目配せ、ボディランゲージもすべて御法度。私は、参加者の1人が呟いたのかと思い、「どうしてもう終るのに話し出すんだろう。瞑想状態が深くなり過ぎて、精神的に不安定な場所に行ってしまったのだろうか?」などと考えながら、僧侶の声と女性の声が耳の奥を流れるに任せていた。僧侶の祈りが終り、2座目が終了。その後、3座目も滞り無く終った。

僧侶は、5年ほど前にアメリカの砂漠で出会った日本人の静和尚。真言密教の出だ。彼が2年前から始めたのが東京vipassana道場。参加者全員で部屋を片づけていると、静和尚が私に「誰か歌っとったな。」と話しかけてきた。瞑想会は区民会館を借りているので隣の部屋では婦人会やら老人会の催し物をやっていた。近くの部屋でカラオケを元気に熱唱するおば樣方がいらっしゃったのでそのことかと思い、「あー。あっちの部屋の?」と返すと、

「いやいや、そうじゃなくて。」

「この部屋で?」

「うん。」

と言われて、2座目の最後の出来事を思い出した。女性の声。

「俺がサン(感謝の歌)を歌ってる時に、一緒に歌い出したやろ。」

「ああ、そうだね。女の人が一緒に囁いてたね。」

私たちの会話を聞きつけた他の参加者たちも加わってきた。

「誰か歌ってた??」

「隣の部屋のおばちゃんたちのカラオケでしょ?」

話を進めていくと、部屋の中にいた6名のうち、静和尚、私の友達、私の3人は女性の歌声を聞き、他の3人は聞いていないことがわかった。

そして静和尚が

「あれは神さまやん。」

と言った。

静和尚は過去にも何度か同じ体験をしていると言う。修行中、何十人もの僧侶とお経を唱えていると、ごくたまに神様が遊びに来て挨拶したり、一緒に歌い出したりすることがあるそうだ。さらに、彼が2年前にインドへ旅したのは、静和尚企画の音楽祭の最中に(彼はロック坊主でもある。)ヴィシュヌが降りてきて大音量で歌う声を耳にして、「インドに行かな!」と直観で思い立ったからだそう。彼曰く、「呼ばれたんやな。」

「ナホがインドに行くから祝福しに来たんやろ。歌ってたからサラスヴァティ(技芸の女神。日本では弁財天)かもな。」

さらりと言われた。

サラスヴァティは以前、アートフェスティバルでモチーフにしたことがあったので馴染み深い。サラスヴァティを表す梵字を左腕に描き込み、舞を踊った。それに、地元の鎌倉や江ノ島には弁財天の社が多く、小さい頃から身近な神さまだ。

私には霊感はまったくない。超常現象には疎いし、「見える」という類いの人にもいたって辛辣(個人的に信頼を寄せている例外は3名いる)。心理学(トランスパーソナル、催眠療法etc.)や東洋哲学をアカデミックに研究してきたバックグラウンドが、逆にニューエイジ系の物事を批判的かつ冷静にジャッジさせる。

しかし、あれは肉声だった。現実に、確実に、声が響いていた。幻聴でも夢うつつでもない。だから参加者の誰かだと当たり前のように思ってすぐに忘れたのだ。

あの「ふわり」という人の気配。そして囁くような女性の歌声。恐怖や不気味さは微塵も感じさせなかった。時間が経つごとに、興奮と畏怖がふつふつと沸いてきた。

「ナホもインドに呼ばれてるんやな。いい旅になるで。」

という静和尚のあっけらかんとした表情が、あれは現実だったことを裏付けていた。

今回のインドの旅の目的の1つは10日間のvipassanaを受けること。

2005年頃からカリフォルニアで徐々に認知度を広めていたvipassanaの存在はずっと知っていた。ただ当時は、曹洞禅に集中していたのと、10日間隔離された特別な場所で瞑想をして神秘体験をしたと錯覚し、その後日常に帰ってから瞑想を続けるでもなく耽溺した生活に戻る人びとをたくさん見てきていたので、私はまったく関心を示さなかった。10日間みっちりより、着実に日々の生活に織り込んでいくことが重要だと感じていた。

静和尚はインドに「呼ばれて」旅をしている最中にvipassanaに出会い、その衝撃から修行を続けていくことを決意。日本に帰国して東京vipassana道場を主催することとなった。彼の思いは私と似ていた。10日間休暇をとって山奥に籠ることのできる現代人は、特に日本では非常に少ない。だから、平日の夜に3時間vipassana瞑想をする場を提供することにより、日常において修練することができる。

真言密教の僧侶であるにもかかわらず、宗派も国境も越えて修行に専心する(カリフォルニアで私に禅を教えてくれたソウルマザーとその旦那様・秋葉老師は、偶然にも静和尚の禅の師匠でもある)、信頼する彼が開く場であることと、新宿で平日夜に開催する裏にある彼の心情に共感。2年前、サンフランシスコから帰国して間もなかった私は、どうにか日本に拠り所を見つけるべく葛藤しており、迷わず参加し始めた。

そんな東京vipassana道場での夕べの出来事。静和尚との縁。弁財天との縁。vipassanaとの縁。インドとの縁。

縁起が絡まり合い、表しようのない魅惑的な音色を奏でる。

サラスヴァティの歌声のように。